003 ガラス玉越しに神話を説く

   【


 むかし、神をわずらった女が血をそそぎ、人にかえろうとこころみた。


 そうして見捨てられた血はわびしく凍え、吸血鬼たちの始祖となった。


 だからその子孫たちは、人の生き血に想い焦がれている。見捨てられたときの寒さを、寂しさをまた噛みしめぬよう、代わりに熱い血肉へ牙を立て、吸い、また注ぎ返す。始祖の血を拝領した者は、疫病えきびょうの如くんだ血に融け眷属と化す。


 寒さと、寂しさばかりが、また殖えていく。


 その不毛な営みは、始祖の血に刻まれた復讐の遺志、あるいは孤独の裏返しだろうか。


 神患かみわずらいの女の類縁るいえんどもへ、始祖が味わった寂莫じゃくばくを嫌と言うほど思い知らせたい。


 そうして吸血鬼に身を持ち崩した人間どもに、侘しい眷属の末座の塵を拝ませてやりたい。


 下らない意地で同胞の血を拒んだ末に渇き喘ぐ奴らの目の前で、これ見よがしに、その同胞の瑞々しい血を下品に舐めて味わい尽くしてやりたい。


 何故なら始祖は、その孤独への憐れみを、過去の仕打ちへの償いを望んでいるのだから。


 やがて永い慰みが実り、今や眷属は目障りなほど栄えてしまった。


 そして相変わらず、吸血鬼たちは血に渇いたままで、太陽と銀と水に恐れおののく怪物の位に甘んじている。


 何も。繰り返し確かめずにはいられないほど、何も変わらないまま、人より永い命だけを漫然と重ねてきた。


 ならば、いつまで増やせば、吸血鬼たちは始祖の寂しさを忘れられるのだろうか。


 ガラス玉の中に封じられてこの方、持て余した暇を慰めてきたのは、そんな戯言だった。


 思いつくことが無くなれば、あとは睡魔のおとないを待ち、子守唄の調べを口ずさむ。


 だが、それも今日までだ。


 ガラス玉が割れる。眼下に、うら若い女が贄として横たわっている。


   】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る