第5話 衛青、モブ官吏を威圧する

——衛青は書庫を出ると、廊下の曲がり角で足を止めた。


「……おい」


その声に、近くを通りかかった若い官吏が、びくりと背筋を伸ばす。


「は、はいっ! 衛侍郎、な、何か……?」


衛青は抱えていた帳簿を、指先で軽く叩いた。


「なぜ、書庫に“あれほどの量”の帳簿が積まれている?」


官吏は視線を泳がせる。


「そ、それは……新人が入ったので、帳簿整理を任せようかと……」


「ほう」


間を置かず、衛青は続ける。


「ではなぜ、新人の机が執務室ではなく、“書庫”にある?」


淡々としているのに、逃げ場のない声だった。


「王……その、王官吏が……書庫で作業したいと……」


「そうか。なら、いい」


官吏がほっと息をついた、その直後。


「——では、濡れた帳簿があったが、なぜ濡れている?」


「そ、それはっ! 私は……!」


「何を焦っている」


衛青の声は低く、静かだった。


「まさか——“わざと”濡らしたのか?」


官吏が言葉を失った瞬間、衛青は小さく息を吐いた。


「これ以上、彼女のために余計な雑務を増やすな。 戸部は、それほど暇ではない」


「は、はい……っ!」


衛青は歩き出しながら、ぽつりと零す。


「まったく……優秀な人材が書庫で帳簿に埋もれて、楽しそうにしているのは困る」


一瞬、口元が緩んだ。


「それにしても——あの無自覚な笑み……どこか、文琳を思い出すな」

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