第一章:ガラス越しの崩壊



 転移先は、夜景だけが自慢の高層タワーマンション。

 バルコニーに降り立つと、暖房の熱と怒鳴り声が、外気を拒むように滲み出していた。


 割れる食器。

 嗚咽。

 殴打音。


 ミラはガラスに指先で円を描く。

 次の瞬間、窓は音もなく光の粒となって霧散した。


 室内では、父親が少年の胸ぐらを掴んでいた。

 怒りはすでに暴力に変質し、理屈を失っている。


 ミラは、静かに微笑んだ。


 「──メリークリスマス。

  臨時のに来ました」


 男が振り向いた、その一瞬。

 ミラの指が、弾けた。


 重力を忘れたように、男は床に崩れ落ちる。

 眼だけを見開いたまま、動かない。


 「暴力行為、確定。

  あなたは今年、《悪い子》です」


 男の胸元から、淡い青の光が抜き取られていく。

 それはと呼ばれていたもの。


 少年は震えながら、ミラを見つめた。


 「……パパ、死んだの……?」


 ミラはしゃがみ込み、そっと頭を撫でた。


 「死んでないよ。

  ただ。よくあること」


 慰めにもならない言葉。

 それでも、規則だった。


 ミラは魔杖から、小さな箱を取り出した。

 古びているのに、なぜか温度だけは残っている箱。


 「あなたは……ギリギリ合格。

  だから、ひとつだけ願いをあげる」


 少年の指が震えながら伸びる。


 「ただし条件がある。

  それはのためだけに使うこと。

  他人を壊す願いは、次はあなたが回収される」


 少年は、涙をこぼしながら頷いた。


 「……ありがとう、ミラさん」


 胸の奥が、ほんの少しだけ熱くなる。

 ──その瞬間、耳飾りが強く震えた。


 『新宿南口、巨大魔獣出現。

  現地サンタ、全滅』


 ミラの表情が、完全に無機質に切り替わる。


 「……了解。

  ほんと、世界ってブラック企業」


 少年が、袖を掴んだ。


 「サンタさん……つらい?」


 一瞬、答えに詰まってから、ミラは小さく笑った。


 「つらいよ。

  でもね──《救う価値のある誰か》が、まだ残ってるから」


 赤い光が弾け、ミラは消えた。

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