ミラ・ノエル ━残光のサンタクロース━

宮生さん太

序章:星が砕ける音は、いつも静かだ


 12月24日、午後11時43分。

 東京湾沿いの廃倉庫の屋根で、錆びた鉄板が、今にも泣き出しそうな音を立てていた。

 潮風に削られたその音は、誰にも届かない。

 ──いいえ。

 今夜は、ひとりだけが聞いていた。


 深紅のコート、黒いニーソ、掌に収まるほど細身の魔杖。

 星屑のような光をまとって、少女はそこに立っている。


 ミラ・ノエル。16歳。

 職業は──魔法少女サンタ。

 そして、人のを量る審査官。


 膝の上で指が震えていた。寒さではない。

 慣れないわけでもない。

 それでも、この時間だけは、いつだって心が軋む。


 「……さて。今年の《良い子》は、何人生き残ったのかな」


 魔杖を軽く傾けると、空中に青白いリストが展開された。

 本来なら数え切れないほど並ぶはずの名前は──


27件。


 ミラは、小さく笑った。


 「やっぱり少ない。

  人間社会、そろそろ詰んでない?」


 笑いは、すぐに夜に溶けた。

 善行ポイント制度は、もうとっくに信頼を失っている。

 優しさは使い捨てられ、痛みだけがリボンのように結ばれていく。


 そのとき、耳元で小さく鈴が鳴った。

 魔法界からの強制通信。


 『対象C-12、港区タワマン最上階。善行ポイント急落。即時審査を命ず』


 「……了解。

  ああ、今年も《落ちる子》がいるんだ」


 赤い光が、ミラの身体を包んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る