第2話 救世主
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卒業式から数日後、へーちゃんと遊んだ。
へーちゃんを家に上げると、へーちゃんは「ゲームやろうぜ」と言った。へーちゃんは、家にゲームが無いとのことで僕の家に来るとだいたいゲームをする。この日も2時間くらいずっとゲームをしていた。ゲームだけは僕もそこそこへーちゃんと張り合えるので、結構盛り上がった。
また、心春の遊び相手もしてくれた。口は悪いが面倒見のいい彼は、幼い心春との稚拙な遊びでも嫌な顔一つしなかった。
「おにいちゃんかいた!」
「すげぇ似てるじゃねぇーか」
「ほ、本当だね!」
「これはママ! これはパパ!」
「じゃあここに心春を書いて……これで家族みんな仲良しだな」
「こはるかわいい!」
へーちゃんは、心春に合わせて遊んでくれた。幼稚園でやっていただろうお歌を歌ったり、手遊びをやったりしてくれる。そしていつも穏やかに笑うのだ。そんな彼を見ていると、僕も何だか嬉しかった。
この日はお絵描きをして、その後彼は寝かしつけまでしてくれた。優しく心春の背中をトントン叩くへーちゃんの方が僕よりもずっとお兄ちゃんのようだった。
心春が寝たところで、へーちゃんは帰る支度を始めた。
玄関で靴を履き終えると、へーちゃんはリュックの中から封筒を取り出す。
「あ、優。これ」
「え、これ手紙?」
「……二十歳になったら読んで」
「? う、うん。わかった。ありがとう」
手紙を受けとると、何故か不安になった。へーちゃんがどんな意図で手紙を、二十歳になったら読んでほしい手紙を手渡してきたのか理解かできなくて、心配だった。
「へーちゃん、ちょっと待ってて」
僕は急いで自分の部屋に戻り、学習机の中にへーちゃんから貰った手紙を入れた。そして、その引き出しの鍵を閉め、鍵を用意していた手紙の封筒に入れた。
ただ、繋がりを保ちたかった。
玄関に戻り、へーちゃんに手紙を渡すとへーちゃんは少しだけ目を細めて笑った。その顔は、どんな気持ちなのか僕にはわからなかった。
「ありがとう、じゃあまた」
「うん」
「お邪魔しました」
僕に対し、へーちゃんは小さく頭を下げた。
※
死ぬために作った輪に、首を入れることができなかった。
死ぬと思ったときに真っ先に浮かんだのはへーちゃんだった。
僕は、独りではなかった。
例え特別なものではなかったとしても、有象無象の一部だとしても、へーちゃんは僕を友達として扱ってくれた。
彼は、僕の存在を認めてくれた。否定しなかった。
二十歳になったら、僕は彼の手紙を読まなければならない。あの手紙は、へーちゃんがくれた唯一形のある繋がりなのだ。
諦めるのは、まだ早かった。
幸い、度胸と勇気があればいつでも死ねるのだ。なら、今ではなくてもいいかもしれない。
「へーちゃん……」
保育所の頃、いつだって笑って手を掴んでくれた。
ひとりぼっちで寂しくて泣きそうなとき、君が「遊ぼう」と声をかけてくれたのが始まりだった。君は忘れているだろうけど、僕はそのときのことをハッキリと覚えている。
小学生の頃だって、いつだって呆れながらも手を貸してくれた。
僕は、いつだって君に救われていた。
助けてもらったのに、ここまで生かしてもらったのに、今死ぬわけにはいかない。
タオルの輪をほどき、畳み直してタンスにしまう。
もう涙も止まっていた。
了
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