第5話

父の大切にしていた葉巻は

くゆらせると部族の誰の煙草とも違う

つんと苦いようなそれでいて底に甘いような霧が薫った

そうだ煙いわと母は笑って

父は父の国ではこんなのを嗜みとして喫うんだと父も笑って・・・


この煙は葉巻でも煙草でもない


「起きろ、オーパル

まだ避難しとらんのか」


テントの外から響く

祖母のしわがれた声が緊迫していて

うとうととまどろんでいた頭が目覚めた

暗さの中に背の高い炎がちらつく

頭に直接響く高く低い悲鳴があちこちから上っている

逃げまどう足音と重く早い足音

馬のいななき


「奇襲じゃ、今すぐあの村へ急げ」


辺りを見渡すとシャリフの姿はそこになかった


「あやつならもう戦っておる

ワシも村人を避難させるのに精いっぱいじゃ

良いな、早く逃げろ」


ジャケットを素早く着込みその上から弓矢を背負って

オーパルはテントを後にする

ひゅんと飛んできた矢が頬をかすめる

何かの爆ぜる音が四方へまき散らされている

まばらに見える村人たちも一斉に

次の村への方角へとひた走っている


何も考えずに走る

その行く手の住居は炎がその天辺をなめつくし

ぐらぐらと音を立てて崩れ落ちる寸前だった

それに便乗したように

オーパルへ向けて左右から騎乗した男たちが迫っていた


咄嗟に背中から弓矢を取り出し構えるが

手が震える

何千と練習したはずなのに

復讐のためなら何も厭わないはずなのに

人へと向ける矢の方向は定まらない

ためらっている間にもどんどんと音を立てて近づく男たち


「オーパル!」


背後から大声が響いたと思った瞬間に

温かい手がオーパルの手を掴んだ

向き合うと

シャリフの薄茶色の瞳が炎を反射している


「僕を信じて」


その頷きの途端

オーパルは体がふわりと浮くのを感じた

弓矢ごと背中をしっかり抱えられ

まるで午後に見た花火のような早さでするすると

あっけにとられた男たちを見下ろし

黒い宙へと昇ってゆく


「大丈夫、もうすぐ着くからね」

落ち着かせるような声音が風を切る耳に優しく響いた

喧騒が少し遠ざかるとその軌道は曲線を描き

今度はゆっくりと下降していった


「この林を抜けたらあの村はすぐそこだ」


言葉もなくまだ呆然としているオーパルに

それだけ告げると

シャリフはまた宙へと溶けていった

熱い体の余韻をまだそこに残したまま


ただそういつまでも立ち尽くしているわけにもいかない

そこへあの威厳のあるしわがれ声が響いた

振り返った瞳に飛び込んだのは

煙の向こうに浮き上がる二つの影

目を凝らすとそれは

騎乗の兵士に追い詰められた祖母だった










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