第8話「冷徹な反撃と暴かれる執着」
俺の覚悟を受け止めたラッセルは、その夜、初めて俺を最後まで抱いた。
最初は恐怖と戸惑いでいっぱいだったが、彼のどこまでも優しい愛撫と俺を慈しむ眼差しに、身体だけでなく心まで解きほぐされていくのを感じた。
夜が明ける頃には、俺たちは身も心も分かちがたく結ばれていた。
うなじには、彼の所有の証である噛み痕が熱を持って刻まれている。
翌朝、俺が目を覚ますとラッセルはすでに行動を開始していた。
「おはよう、レオン。よく眠れたか?」
俺の額にキスを落とす彼は、いつものように穏やかだ。
だが、その紫紺の瞳の奥には冷たい光が宿っていた。
「マルティン侯爵の件だが、もう心配はいらない」
「え?どういうことだ?」
「少し、お灸を据えてやっただけだ」
ラッセルはそう言って微笑むと、一枚の書類を俺に見せた。
そこには、マルティン侯爵が長年にわたって行ってきた密輸や横領といった不正の数々が、詳細に記されていた。
証拠も、完璧に揃っているという。
「なっ……これを、いつの間に……」
「言っただろう?私は病弱で、表立って動けない分、裏で色々と準備をしてきたんだ。情報網も、権力もな。私と、そして何よりお前に牙を剥いたこと、骨の髄まで後悔させてやる」
その冷徹な言葉に、俺は思わず息を呑んだ。
病弱で儚げな主君。
その仮面の下には、こんなにも恐ろしい顔が隠されていたのか。
彼は、俺がΩになるずっと前からこうして水面下で力を蓄え、敵を排除するための牙を研いでいたのだ。
数日後、マルティン侯爵が不正の罪で失脚したという報せが王都を駆け巡った。
あまりにも鮮やかな手際と、圧倒的な証拠の前に侯爵家は成す術もなかったという。
貴族社会は震撼し、ヴァレンティン公爵家の次期当主の底知れない実力と恐ろしさを改めて認識することになった。
そして誰もが、彼がそこまでした理由が一人のΩを守るためだったという事実に気づいていた。
ラッセル・フォン・ヴァレンティンに逆らうことは、すなわち破滅を意味する。
その事実は、俺を狙う者たちへの何より強力な牽制となった。
「これで、お前を侮る者はいなくなるだろう」
執務室で、ラッセルは満足げに言った。
「……やりすぎじゃないのか」
「やりすぎ?いいや、まだ足りないくらいだ。お前を傷つけようとしたんだ。本来なら、一族郎党、根絶やしにしてやりたいところだよ」
真顔で言う彼に、俺は背筋が寒くなるのを感じた。
この人の執着は、愛情という言葉だけでは表せないもっと業の深いものだ。
「なぜ……そこまでして、俺を……」
俺の問いに、ラッセルはふっと表情を和らげると俺を優しく抱きしめた。
「幼い頃の話を、したことがあったか?」
「……いや」
「私は、生まれつき病弱でいつも一人だった。友もおらず、兄弟もいない。誰もが私を、か弱いだけの存在だと遠巻きに見ていた。だが、お前だけは違った」
彼の声は、遠い昔を懐かしむような響きを帯びていた。
「お前は、いつも私の側にいてくれた。私が熱を出せば一晩中看病してくれ、私が歩けないと言えばその大きな背中で負ぶってくれた。『私が必ずラッセル様をお守りします』。そう言って、私よりずっと小さい体で私の前に立ちはだかってくれた。……あの時から、私にとっての世界はお前だけになったんだ」
彼の腕に、力がこもる。
「いつか、お前を私のものにしたいとずっと思っていた。だが、βのお前にはその気持ちは届かない。だから、待っていたんだ。お前が、私から離れられなくなる、その時を。……レオン、お前がΩになったのは奇跡なんだ。神が、私に与えてくれた唯一の光なんだ」
彼の告白に、俺は言葉を失った。
彼の病弱な仮面の下にあったのは、ただの執着ではなかった。
長い、長い年月をかけて育まれた狂おしいほどの愛だったのだ。
俺は、彼の背中にそっと腕を回した。
「……気づかなくて、ごめん」
「いいんだ。これからは、嫌というほど分からせてやる。私が、どれだけお前を愛しているかをな」
彼の執着の深さを知り、俺は恐怖よりも愛しさを感じていた。
この人は、ずっと一人で戦ってきたのだ。
俺という存在だけを支えに。
ならば、今度は俺がこの人を支える番だ。
しかし、俺はまだ知らなかった。
彼がひた隠しにする『病弱』の本当の理由。
そして、俺がΩになったことが単なる『奇跡』などではないということを。
二人の運命は、まだ始まったばかりだった。
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