第6話 謎のヌードルと正しい世界

 ハンター登録を終えてギルドを出た俺は、中層の手すりに持たれかかって遠くを眺めていた。空は快晴、見晴らし抜群。対して俺の今後は先行き不透明の曇り空だ。

 さて、これからどうしたものか……と途方に暮れていると、食欲をそそる香りが漂ってきた。


「ヘイ、少年。お姉さんとランチしない?」

「わっ……! ヴァイオレットか」


 振り返ると、テイクアウトボックスに入った謎のヌードルを差し出す美女の姿。緊張が解けた反動なのか、ギュルルと腹が鳴る。この世界でも腹は空くらしい。


「どーせお金ないんでしょ? 優しいお姉さんが奢ってあげるわよ」


 不安な時ほど人の優しさが心に染みる。好きになっちゃうだろ……

 大人しく好意に甘えてヌードルを受け取り、手頃な場所を見つけて二人で腰掛けた。


「それで、ハンターになったの?」

「ああ。住所不定無職から、住所不定一文なしの自称賞金稼ぎにランクアップだ」

「大きな前進ね」


 二人並んで謎のヌードルをズルズルとすする。一応この街の名物B級グルメらしい。お値段は一人分で500クレジット。「前世」のハンバーガーセットと同じ価格帯だ。どこか退廃的な街の景観が、ジャンキーな味を引き立てて趣がある。味覚があるタイプのサイボーグでよかった。


「むぐむぐ……これからどうするの?」

「むぐむぐ……わからない。住む場所も金もないし」


『──今夜のパンクシティは酸性雨となるでしょう。防護服とマスクをお忘れないように。それでは次のニュースです──』


 街頭ホログラムモニターに映ったキャスターが今夜の天気を告げている。


「だってさ」

「……スラムで野宿かな。あそこなら壁も屋根もある」


 サイコギャングがうろついているけど。

 大好きなゲーム世界で自由を謳歌できると思っていたのに、丸腰でサイコ野郎共のアジトに放り込まれて、死にかけたあげく一文なしか。じんわりと涙が浮かんできた。


「そ、そう……中々のハードモードね。とりあえず、仕事を探すことをおすすめするわ。最低ランクの宿なら結構安いわよ?」


 仕事……とりあえずハンターサイトを覗いてみるか。電脳を使ってサイトにアクセスしようとするが、慣れない操作に苦戦する。思考でコンピューターを操作するのって難しいんだな……険しい顔で中空を睨みつけている変な人になってしまった。


「もしかして電脳使うの初めて?」

「外の世界にはなかったデバイスだから……ご年配の方がデジタル機器の操作に戸惑う気持ちが、今ならよく分かる」

「お手伝いしましょうか、おじいちゃん?」


 ヴァイオレットがぐい、と身を寄せて首の後ろからコードを引き伸ばした。電脳プラグをよこされて俺が戸惑っていると「ここに挿れるの」と、首の接続コネクタを撫でられる。

 プラグを挿し込むのと同時に、ヴァイオレットの意識が流れ込んできたのが分かる。ヒュンヒュンとすごいスピードでサイトを飛び回って、仕事一覧ページへと辿り着いた。


「さすがハッカー。操作スピードが段違いだ」

「すごいでしょ? ここの一覧で仕事を探し……」


 ピクリと、ヴァイオレットの言葉が途切れる。


「どうした?」

「……なんでもないわ。やれそうな仕事ある?」

「う〜〜〜〜ん」


 配達、清掃、浮気調査、迷い猫探し、新作サイバーウェア購入代行……平和な仕事もあるにはあるが、即金である程度の金を稼ぐとなるとリスキーな仕事に比べて見劣りしてしまう。

 この「未整備区画のサイコギャング狩り」なんてのはいい報酬だな。ゲームならこれをチョイスしているところだろう。


「……ねぇ、外の世界ってどんな感じだったの?」


 プラグを外したヴァイオレットが尋ねてきた。

 ふと、生前の世界に思いを馳せる。


 怪我の可能性があるので禁止。

 悪影響の可能性があるので禁止。

 風紀を乱す可能性があるので禁止。

 禁止禁止禁止禁止禁止禁止禁止禁止。


「……窮屈だった」


 丁寧に丁寧に、トゲを抜かれていった優しい世界。未知は既知で隙間なく塗りつぶされ、冒険する場所はなくなり、冒険という行為自体も許されない。ヒリつくような命のやり取りなんてもっての他。誰の為なのか分からない仕事をこなしながら、老後に備えて今をやり過ごす日々。

 失敗してはならない、規範から逸脱してはならない。効率という名で舗装され、正しさという名のガードレールで囲まれた道をただまっすぐに進む。

 それが安心安全で素晴らしい世界なのは分かってはいたが、そんな「正しい世界」で俺は行き場のない感情を抱えていた。正直、生きているという感覚はとても薄かった。

 ゲームシミュレーターの中で戦っている時の方が、生の実感を感じる程に。


 そんなことをポツリポツリと言葉にする。

 ヴァイオレットは黙って聞いていた。


「俺は……戦いたかったんだ」


 生きるために全力で戦いたかった。死んだ後に気づくとは皮肉な話だ。

 そうだよな、せっかく手に入れた二度目の人生だ。刺激的な世界に身を投じないでどうする。

 俺は謎のヌードルを掻きこんで立ち上がった。


「ご馳走様! 宿代を稼いでくる!」


 働かざる者食うべからずだ。俺はサイコギャング狩りの仕事を受注して、中層を飛び出した。

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2025年12月15日 06:00
2025年12月15日 12:00

弾丸銀河スターパンク 細井ショク @HosoiShoku

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