第5話 ハンターギルド
狭くて汚いスラムダンジョンを脱出して、視界がひらける。青空だ。ほっと一息ついて後方に目を向けると、先程までいた廃ビルと工場区画が見えた。
どうやら街の外縁部にいたらしい。ホバーバイクの進行方向には高層ビルがそびえ立つ街が見える。青空を横切るスカイウェイが、中央のビル群に向かって何本も伸びている。
ホバーバイクはスカイウェイへと滑り込んで、他の
(……パンクタイプか)
この世界の「前作」にあたるゲーム、STAR PUNKにはダンジョンだけでなく、街や惑星、生態系も自動生成されていた。しかし、完全にユニークなものはレアで、ある程度はパターンがありタイプ別に名前がある。
近未来的な高層ビルと小汚いストリートが混在したような街並み……いま向かっているのは、おそらく「パンク」と呼ばれるタイプのものだろう。
「あら、来るのは初めて?」
俺が物珍しそうに街の様子を眺めていると、ヴァイオレットと名乗った美女が意外そうな顔をした。その名を体現したような鮮やかなロングヘアが風でなびいて、俺の頬をくすぐってくる。
「気づいたらあの場所にいたから……」
ゲームで遊び回っていた景観の街なので知ってはいる。実際に来るのは初めてだが。
「変なの。スラムダンジョンで急に湧いて出てきたみたいな言い方じゃない」
「……」
まあ、その通りなんだが黙っておこう。
「ようこそパンクシティへ」
……街の名前、そのままなのか。覚えやすくていいけど。
ホバーバイクがスカイウェイを降りて街中を走る。パンクシティは煌びやかなネオン看板に胡散臭い露天が立ち並ぶ、いかにもサイバーパンクといった街並みだ。たびたび降ってくる酸性雨や有害なスモッグがたちこめる退廃的な雰囲気は、刺さる奴にはとことん刺さる光景だろう。かくいう俺もその一人だ。
見覚えのない建物もたくさんあるな……フルダイブ版でアップグレードしたのか?
「ハンターギルドは中層、中央部にあるわ。この街では治安がマシな場所だから、安心して。下層や外縁部はサイコギャングが大量発生している未整備区画なの。かなり劣悪な環境ね」
「俺がいたのは……」
「まあ、体験した通りの場所よ」
「……勉強になったよ。そういえば、まだ礼を言っていなかった。本当にありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。私も仕事だから気にしないで。──っと、そろそろギルドに着くわよ」
仕事……救出任務ってことは、俺があの場所にいることを知ってたってことか? 疑問は尽きないが、とりあえずハンターギルドへ向かうか。
***
ギルドは警察署のような雰囲気だった。埃っぽくて、どこかピリついた空気が漂っている。ゲームでもギルドでハンター登録して仕事を初める流れだったな。
ヴァイオレットが受付へと向かうと、サイボーグ化した強面の職員が対応してくれた。
「ミッションご苦労。なるほど、彼で間違いなさそうだな」
「これで任務完了?」
「いや、彼のハンター登録が完了するまでだ。報酬はそれからだな」
ふぅん、と肩をすくめるヴァイオレット。
ハンターとは要するに
もっとも、物騒な仕事以外にも護衛、運び屋、交易、調査に探索と仕事のバリエーションは豊富で、何でも屋ってニュアンスではあったが。賞金首をほったらかして不毛の惑星をテラフォーミングしてばかりのプレイヤーもいたらしい。
戦闘特化ビルドの俺は、もちろん戦いに明け暮れていた。
「……これは一体なにをしているんだ?」
ドローンがフワフワと飛んできて、先程から俺の周りを周回している。
「お前のIDカードを作るから、それ用の撮影だ。スキャン中だからあまり動くなよ」
身分証の写真撮影か! 先に言ってくれよ。アホヅラしちまった。
「それで、緊急の救出ミッションだったから詳細を確認せずに連れてきたけど……この子は何者なの?」
「彼は『外』の世界からの住人だ。シミュレーターでこの世界を体験し、フルダイブの被験者として選ばれ連れてこられた……って所だろう。彼をハンターとして登録させるまでが上からの命令だな」
「外からの住人? へぇ〜……噂で聞いたことはあるけど、会うのは初めて……」
ああ、「外」という概念が周知されている世界なのか。どう説明していいのものかと悩んでいたから助かった。「この世界は仮想現実で、俺は本当の現実からやってきたんだ」なんて言い分、頭のおかしいやつと思われても仕方がないからな。
「その『上』ってのは誰なんだ?」
俺の疑問に、職員はコンソールから目を離さず答える。
「上位存在。この世界の創造主らしいが、こちらからコンタクトをとることは不可能。気まぐれに世界をかき回していく意味不明で理解不能な存在だよ。ま、自然現象みたいなもんだな。今回の件も一方的な通達だけだった。報酬はどこからともなく支払われるからいいが、いい加減なもんさ」
スキャンが終わり、コンソールを操作しながら職員が説明してくれる。
上位存在──女神のことも認知されているのか。神のように崇められているわけではなさそうだ。アレはどちらかと言えば邪神に近いと思うので安心した。
「私は旅の途中でこの街に立ち寄ったの。割のいい緊急ミッションがあったから、ケイくんとドライブすることにしたってわけ」
退屈そうにしているヴァイオレットが事の経緯を説明する。なるほど、どうせあの女神のことだ。「ヤベッ 座標ミスっちゃった!」くらいのノリであそこに飛ばされていても不思議じゃない。
それにしても、さっきからヴァイオレットにジロジロと見られているな……あまり女性には免疫がない方だから、どうしていいのか分からん。とりあえず目をそらしておこう。
「っていうか、この子ハンターになるの? こんなに可愛いのに?」
あんたも大概だろ、と思ったが口には出さない。サイバネティクス技術が進歩した世界だから、外見と実年齢が乖離していてもおかしくはなさそうなんだけどな。
「……こう見えてもいい年なんだ」
「そうなの? 若く見えて羨ましいわ」
「ま、ハンターといっても荒事以外の仕事もあるんだ。自分に合った仕事をやりな」
ギルド職員はそう言うと、出来上がったIDカードを机に置いた。ハンター登録完了ということか。カードを指で触ると表示内容を操作できた。スマートフォンみたいだな。
「本来は登録料がかかるんだが、お前さんみたいな移住者は免除だ。ヴァイオレット、任務完了だ」
「どうも。じゃあねケイくん、また会いましょ」
「ああ、助かったよ」
報酬が振り込まれたことを確認したヴァイオレットは、ひらひらと手を振りながらその場を後にしていった。
***
ギルド職員が椅子にもたれかかり、思い出したかのように助言する。
「そういえばお前、電脳化してるだろ? IDカードと電脳をリンクさせておけ。ハンターギルドのサイトにアクセスできるようになる」
そうだった。俺はサイボーグだったな。首の裏をさすると接続コネクタらしき感触がある。電脳化している証拠だ。正直、頭の中にコンピューターが入っている感覚なんてまったくない。
どうやってリンクするんだ? とIDカードを睨んでいると、視界にSF映画チックなUIが浮かび上がった。おおっ! カッコいいな!?
職員がコンソールを操作して確認する。
「え〜っと、コイツか。よし、リンクできてるな…………ハッ! こいつは驚いたな」
コンソールを眺めながら職員が笑った。
「そのナリでサイボーグ化率80%かよ。18種類の戦闘プログラムに軍用の射撃管制ソフトウェア……クラス5の知覚加速インプラントまで入れてんのか? とんだターミネーターだな」
どうやら俺のステータスも送信されたらしい。もう少し電脳の操作に慣れる必要があるな。
「これなら物騒な仕事も余裕だな。そのハンターサイトで仕事を受注できる。面倒事は起こすなよ。あとはご自由に」
「分かった。えーっと、他に『上』から何か言われてないか?」
「何かって?」
「……住む場所、とか」
「いや、何も」
「……この辺に宿ってあるのか?」
「ああもちろん。この街は上層に行くほど、なんでも上等になる。宿も、飯も、治安もな」
職員が上を指さしながら受け応える。
「リーズナブルな宿をお探しなら……」
下を指さす。
「ところで、お前さん。手持ちの方は?」
「…………」
「野宿なら無料だぜ?」
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