第4話 ヴァイオレット

 粉々になって飛散する窓ガラスが陽光を反射してキラキラと光り輝いている。

 窓から飛び込んできたホバーバイクは、銃を構えたサイコギャング達のド真ん中へと突っ込んでいった。


「ぐワァァァァ!?」


 バイクが唸りを上げてターンをぶちかまし、サイコギャング達をまとめて吹き飛ばす。そして、地面に這いつくばっていた俺の眼前でバイクは停止した。

 ……あぶねぇな!?


「ハァイ、少年。お姉さんとドライブしない?」


 バイクに跨っていたのは、女だった。

 ゲーミングカラーじみた青紫のロングヘアをかき上げながら、軽い調子で声をかけてくる。スラムダンジョンには似つかわしくない、近未来的なデザインのホバーバイクにスラリとした白いボディスーツ。どこか妖艶な雰囲気を醸し出している、とびきりの美女だ。

 ……急展開に思考が追いつかない。どういう状況なんだ?


「ハンターか!? 殺せェ!!」


 体勢を立て直したサイコギャング達がドタバタと一斉に銃を構えた。


「邪魔しないでよ」


 グイ、と謎の美女に抱き寄せられた──かと思いきや、耳をつんざくような銃声。サイコギャング達によって降り注がれる銃弾の雨。

 しかし、その攻撃は青白い光の壁に阻まれてこちらまで届かなかった。弾はバチバチと弾き飛ばされ、壁や天井のコンクリートを削りながら飛び散っていく。

 ホバーバイクを中心に展開された障壁……これは、エネルギーシールドか!?


「クソッ!! 邪魔クセェ!!」

「撃ちまくってブチ破レッ!!」


 EシールドはSTAR PUNKでの防御装備の一つだ。銃弾など高速な物体を弾き飛ばす障壁バリアを展開する。低速なものは通過してしまうので白兵戦では効果がないって弱点もあるが、実弾系の武器に対してはとても高い防御力を誇っている。

 しかし、これだけの猛攻じゃ……数秒しかもたないぞ!?


「脆弱なセキュリティ……脳みそスカスカね」


 謎の美女が切れ長の目を怪しく光らせて呟く。手で銃のジェスチャーを形づくり、その細い指先をサイコギャング達へと向けた。

 あれは……ハッキングしているのか? 


「ばぁん!」

「アアアアッッ……ガっ……!?」


 突如、サイコギャング達が悶え苦しみ始めた。


「コイツっ……ゥ!! オレの『感覚』に侵入しやガッタ!?」

「オェッェッェェ……」


 機械化したパーツをハッキングされて、感覚をめちゃくちゃにされたんだろう。目を機械化しているヤツには強烈な閃光、耳なら爆音か。口は……ゲロマズな味覚を刺激されているとか? 攻撃どころじゃなくなったサイコギャング達はそれぞれの地獄を味わっている。


「全身もスカスカにしてあげる」


 ホバーバイクから格納されていた銃が飛び出す。そのイカついバトルライフルを手にした謎の美女は、ヒラリとバイクから身を下ろしてサイコギャング達に照準を合わせる。そして、端正な口元に微笑を浮かばせながら引き金を引いた。


 DRRRRRRRRRRRRRR!!!!!!


 轟音とマズルフラッシュの嵐。

 狭い室内で、過剰な威力の銃弾がフルオートで放たれる。

 阿鼻叫喚の悲鳴は銃声にかき消され、部屋中の物をめちゃくちゃに巻き込みながら吹き飛ばされていくサイコギャング達。

 大容量マガジンを撃ち尽くして銃撃が止まると、蜂の巣……と言うには少しばかり原型がなさすぎる惨状となっていた。


「さて、と」


 フゥ、と赤熱した銃口をひと吹きしてこちらへと振り返る謎の美女。甘い香水と硝煙のスパイシーさがブレンドされた天国と地獄のような香り。どちらかと言えば地獄寄り。


「君がケイくんで間違いないかな? 写真で見るよりかっこいいね」


 ひらりと取り出したホログラフ写真には俺の姿アバターが映っていた。


「なぜ俺のことを……?」

「君をハンターギルドまで連れて行くのが私のお仕事。一緒に来てくれるかしら?」


 美女からのお誘い。喜んで首を縦に振りたいところだが、大口径ライフルをぶっ放して殺人鬼の集団を秒殺するのを見たばかりだ。さすがに危険な香りが強すぎて戸惑ってしまう。

 とはいえ、窮地を救ってくれたことに違いはない。敵ではない……はずだ。たぶん。おそらく。だといいな。


「敵襲かァ!? それトモお誕生日パーティかァ!?」

「ずいぶん派手なクラッカーじゃネェカ!」

「オレも混ぜてクレよおお!!」


 ドタバタとこちらへ近づいてくる足音。まずい、騒ぎを聞きつけたサイコギャング達が集まってきている……!


「ここに残りたいなら置いていくけど?」


 ホバーバイクに跨る謎の美女。どれだけ怪しくても、ここに残るよりはずっとマシなはずだ。俺も慌ててホバーバイクの後部に飛び乗った。

 ……ところで、これどこに手を置けばいいんだ? 目の前には美女のくびれた腰。ドギマギしながら逡巡していると「つかまって」と謎の美女がクスリと笑いながら視線で促した。


「し、失礼する……」


 細い腰にそっと手を回す。バニラのような甘い香りが鼻をくすぐった。

 そして部屋に雪崩れこんでくるサイコギャング達。


「ヒャハッ!! レッッッツパーーーリィィィァァァッッ!!!!」

「飛ばすわよ!」


 サイコギャングの一団が到着するのとホバーバイクが発進するのは同時だった。俺達の姿を見るや、一切の躊躇なく銃撃がはじまる。ホバーバイクの反重力エンジンが唸りを上げて急発進した。


「うっ……おおおおお!?」


 思わず美女にしがみつく。銃弾がEシールドに着弾してバチバチと音を立てる。

 ホバーバイクはビルを飛び出して、立体迷路のようなスラムダンジョンを駆け抜けていく。鉄骨をくぐり抜け、突き出た看板をスレスレでかわす。矢のようにスッ飛んでいく景色に思わず息をのんだ。すごい運転技術だな……

 怒号と銃声はあっという間に後方へと遠のいて行った。


 「名乗るのが遅れたわね。私はヴァイオレット。よろしく、ケイくん」

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