第3話 戦闘開始

「痩せっぽっちダケド新鮮そうなニクだなァ……おいチョッパー、バラしてクレヨ」


 チョッパーと呼ばれるサイコギャングの一人が近づいてきた。名前の由来は機械化した右腕から生えた巨大なマチェーテ山刀。そいつを床にガリガリ擦りつけながら、俺の目の前へと立ちはだかった。


「ったく……バラし役はイツも俺なんダ。腕がこんなんダカラって安直だよナァ」


 赤黒く染まったマチェーテでぺちぺちと頬を叩かれる。一体なんの血なんだいそれは? どう考えても友好的な対話が成立する相手じゃないな。

 正直……漏れそうなほどビビっちまってる。平和な日本で生まれ育ってきたんだ。動物病院にやってきた猫みたいになっていても仕方ないだろう?


「で、ゴ注文は?」

「とりアえずタン塩で」

「おれロース」

「ホルモンかなァ」

「ッぱカルビっしョ!」


 ザラついたノイズ混じりの声でガビガビと盛り上がってる。完全に焼肉屋の雰囲気じゃないか。


「とりあえずバラしとくカ。まずは肩ロースから……」


 スゥ っと、チョッパーサイコの右腕が振り上げられる。

 おい、まてまて。待ってくれ! 仮想現実とはいえ、ここでの死は俺にとっての本物の死なんだろう? 女神いわく魂が消滅するらしいじゃないか。

 ミンチにされて死んだかと思ったら、今度は焼肉だ? 冗談じゃない! 冷静に考えろ。サイコギャングなんてゲームでは何百回もブチ殺してきた相手だ。


(ヤられる前に……ヤってやる!!)


 振り下ろされるチョッパーサイコの凶刃。

 だが、覚悟を決めた瞬間、周囲の様子が一変した。

 まるでスーパースローで撮影された映像のように、相手の動きが遅くなる。走馬灯というやつか? いや、違う。

 世界から色が抜け落ちて視界がモノクロになっていく。そして、敵、武装、地形──戦闘に必要な情報がハイライト表示されていった。


 敵は5人。

 武装はハンドガンとサブマシンガン。

 目の前の敵は右腕にマチェーテ、ズボンに突っ込んだボロいリボルバー。

 壁には大きな窓。


(これは……知覚加速か!?)


 ゲームで俺が使っていたキャラは戦闘特化ビルドのサイボーグだった。知覚加速はサイボーグ化によって感覚を強化し、反応速度と精度を向上させるスキル。引き継がれたのはキャラの見た目だけじゃないらしい。

 知覚加速の効果は数秒間……誰に教えられたわけでもないが感覚で分かる。あと何秒息を止めていられるか、なんとなく分かる感じだ。

 ゲームだったら、ここからどう動く? 加速された思考の世界で、勝ち筋を計算する。この身体がゲームと同じ性能だとしたら……


 ──『ゲームシミュレーターの延長だと思ってくれていいよ』


 フラッシュバックする女神の言葉。

 その瞬間、身体が動いた。

 目の前のズボンに突っ込んであるリボルバーを素早く奪い取る。

 同時に振り下ろされるチョッパーサイコの右腕。

 横に飛び込んで大振りの一撃を回避。

 ガキィン! と、床を斬りつけるマチェーテの音が響いた。


「このニクッ……!」


 忌々しげな顔で振り向くチョッパーサイコの頭に、奪ったリボルバーを突きつける。カキン、と撃鉄を上げる音が妙に澄んで聞こえた。


「ヲ?」


 交錯する視線。

 チョッパーサイコの赤く光るサイバーアイが、驚きに見開かれた。


 BANG!!!!!!


 響く銃声。

 至近距離での発砲によってチョッパーサイコの頭が弾け飛んだ。

 撃った。撃ててしまった。ゲームシミュレーターで何度も繰り返した動き。そのイメージ通りに、身体が動いてしまったのだ。

 平和な国で生まれ育った自分に銃が撃てるのか? そんな迷いが生まれるよりも速く、引き金を引いていた。


「このニクゥ!? かなりイキがいいゼェェェ!!」


 残りのサイコ共が一斉に銃を構える。

 込み上げてきたのは焦りでも葛藤でもなく、強烈な高揚感。アドレナリンだかドーパミンだか知らないが、とにかく脳汁ってやつがドバドバ溢れ出てくるのを感じる。


「……ッ!!」


 再び知覚加速が発動する。時間の流れは遅くなり、感覚が研ぎ澄まされていく。敵は残り4人、こちらの武器はボロいリボルバーひとつ。さあ、どう戦う?

 ──と、身構えたところで窓に迫る影に気づいた。高速で突っ込んでくるあれは……ホバーバイク空飛ぶバイクか!?


「次から次にっ……何なんだよっ!?」


 俺がとっさに伏せるのと同時に、ホバーバイクは窓を突き破って乱入してきた。

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