第2話 ハッピーバースデイ

 ──頭が割れるように痛い。それに、ひどい耳鳴りだ。


「……っここはどこだ?」


 俺はゆっくりと目を開けて辺りを見回した。狭くて薄暗い空間……尻には硬い感触。椅子に座っているのか? かすむ目をこすって視点を下げると、洋式便器に座っていた。

 どうやらここはトイレの個室のようだ。カビとアンモニアのすえたニオイが鼻につく。夢にしては五感の解像度が高いというか、意識が明瞭すぎる。これが計算で表現された仮想現実とは信じ難いな。


「いや……二度と現実に帰れない俺にとっては、ここが新しい『現実』か」


 軽く手を握ったり開いたりして感覚を確かめる。何はともあれ、無事「女神」が作り出した世界にフルダイブできたようだ。


「しかし、新しい人生の出発地点が便器の上ってのはどうなんだ?」


 頭痛と耳鳴りがマシになってきたので、とりあえずトイレの個室を出てみる。目に入ってきたのはひび割れた壁、意味不明な落書き、散乱したゴミ。そんなスラムじみたトイレの様相を、切れかけの照明がチカチカと照らし出していた。

 普段の俺なら絶対に近寄らない雰囲気だ。


「誰もいないのか……?」


 ぽつりと呟いてみるが、問いへの答えはない。聞こえてくるのは照明が明滅する音と蛇口から漏れる水滴の音だけ。近くに鏡があったのでふらふらと近づいてみる。

 まだこの世界に慣れていないせいか、なんだか身体の感覚に違和感があるな? そんなことを考えながら、ヒビの入った鏡を覗き込むと……


「これが……俺?」


 金色に輝く瞳と目が合った。

 そこに映っていたのは、黒髪の小柄な姿。

 いや、小柄というかむしろ──そう、少年の姿だ。


「ああそうか、ゲームでの姿が反映されているのか」


 STAR PUNKで遊んでいた時は、少年の冒険活劇をイメージしてキャラメイクしていた。データを引き継ぐと女神は言っていたが、目の当たりにすると驚くというか戸惑ってしまうな。身体の違和感は「前の身体」との体格差によるものだろう。


「まさかこの姿で転生? してしまうとは……元がいい歳だったからギャップがきついな」


 苦笑しながら身体をぺたぺたと触って状況を確認する。服はナイロンジャケットにハーフパンツ、スニーカーという「ちょっとコンビニまで」スタイル。死ぬ直前に着ていた服が反映されているようだ。ポケットは空、完全な丸腰。

 ゲームから引き継がれた要素はキャラのデザインだけで、装備は初期化ということだろうか?


「とりあえず、出口を探すか」


 窓はなし。ドアがひとつ。ずっとトイレに引きこもっていてもしょうがない……ということで、意を決してドアノブに手をかけた。


(それにしても、このトイレの雰囲気は見覚えがあるな。確かゲーム内の……)


 記憶を辿りながらノブを回す。

 錆びついた音を響かせて開くドア。

 その先の光景を見て、俺の思考はフリーズした。


「…………」


 廃ビルの一室といった部屋で、異様な風貌の男たちがたむろしていたからだ。オレンジ色の囚人服にピエロのようなメイク。個体差はあるが目や口、手足を機械化している。銃や刃物で武装してたむろするその姿は、ガラが悪いってレベルじゃない。殺人鬼のオフ会か?

 そんなサイコ野郎達の視線が一斉に集まる。


「なんだァ、テメぇ?」


 くたびれたソファで得体の知れない肉をクチャクチャしていたサイコ野郎が立ち上がった。どっと汗が吹き出し、呼吸が早くなる。

 俺はここを知っている。

 こいつらを知っている。

 俺のゲーム知識に合致する光景だからだ。

 STAR PUNKには自動生成されるダンジョンがいくつも存在していた。ダンジョンというからには、もちろん敵も発生する。内装からしてここは恐らく「スラムダンジョン」と呼ばれていたタイプだ。そして、こいつらは敵──エネミーの一種、サイコギャング。


「ヲイみろヨ、便所からXSサイズのニクが出てきたゼ」

「どうやってここに入ったんダァ?」


 こいつらは確か、倫理観が崩壊気味の巨大企業が生産している人造人間労働力だ。過度なサイボーグ手術でサイコ野郎になった姿、みたいな設定だった気がする。

 要するに、ここは殺人鬼がひしめく治安激悪スポットってこと。普通は始まりの街とかで目覚めるもんじゃないのか? いきなり敵地のド真ん中、サイコなギャングの便所でハッピーバースデイはないだろ? あの女神……なにが新しい人生を楽しんでね、だ!


 星1評価つけてやるよこんなクソゲー!

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