不死身の英雄は昇進したくない

まさまさ

第1章

第1話 不死身の英雄

「『アスタ・モータル』!」


「……はい……」


 城の大広間。玉座の前に立つ戴冠した王に名を呼ばれた青年将校は、赤地に白の縁が入った軍服の襟を正し、紅いカーペットを踏みしめる。


「顔を上げよ」


「はい……」


 王の前で跪くアスタはゆっくりと顔を上げた。獅子のように荒々しい紅い頭髪の下から覗くのは、まるで翠玉を埋め込んだような美しい瞳。鼻筋は細く、顎のラインも滑らかで端麗な好青年を思わせる。


 そんな美しいキャンバスの上を、右の眉から左顎にかけて獣に抉られたような深い傷跡が刻み込まれていた。


「この度、軍の規則に基づきお主を一階級特進とし、軍曹の位を授ける事とする!アスタ・モーテルよ!前へ!」


「……はい」


 立ち上がったアスタは年老いた王へ近付き、顔一つ分見下ろす。彼の背はこの場に居る兵士や政治家の誰よりも高く、そして体躯も大きかった。


 そんな逞しい兵に王はウンウンと満足そうに何度も頷きながら、傍に居た大臣から証書とバッヂを受け取り、アスタに手渡す。その瞬間、様子を見守っていた重臣達からは大きな拍手が贈られた。


「おめでとう!アスタ軍曹!」

「流石はモーテルの家系だ!」

「これからも期待しているぞ!」


 至る所から賞賛の声が飛ぶ。目の前の王からも期待していると言わんばかりに肩を叩かれ、温かい笑みを向けられた。彼の齢は22歳。異例とも呼べるスピード出世だ。


 更に王から直接昇進を賜る事は彼の住む国イステリアでは大変名誉な事であり、この後は祝賀会が催される予定になっている。


「おめでとう!」「おめでとう!」「おめでとう!」


 引っ切り無しに向けられる祝福の言葉。


 しかし、そんな素晴らしい場にも関わらず、当の本人アスタの表情は冴えない。


 彼は多くの者達に見守られながら大広間を後にすると堪らず駆け出した。すれ違う者達が声を掛けてくるがその全てを無視し、一目散に軍の宿舎にある自分の部屋に飛び込むと、洗い立てのシーツで覆われたベッドの上に軍服のまま飛び込んだ。


「……」


 数分間陽の温もりを肺に送り込んだ後、顔を上げる。その目には、うっすらと涙が。


 ちらり。と、先程王より賜った証書に視線を向ける。そこには、『軍規による一階級の特進』と書かれていた。それは、彼が何か優れた結果を出した事による昇進ではない事を示している。


 軍規による一階級特進。それは、兵士が殉職した時にのみ特例で発生する昇進の事である。



 ――そう。殉職。



「どうしてまたこうなるんだ……!もう昇進したくないのにいぃぃ……!」


 アスタ・モーテル。不死の異能を持つ気の弱い軍人。


 彼が上記の理由で不本意な昇進を果たすのは、これが五度目であった……。

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