TriCore編_第5話_砂塵の遅刻者
第八地区外縁。
砂漠と廃区画が入り混じる“灰域”は、今日だけ異常に騒がしかった。
今回のアウトランズ武装勢力の規模は、多数の人型シルエット――数十ではきかない。
百単位の熱源マーカーが、廃屋の向こうで蠢いていた。
「……大規模だな。」
今日の部隊編成には、タクティカルフレーム(TF) が数百機投入されていた。
TFは、人間と同じ体躯の人型機動兵器。
AIを積んでおらず、自律行動もできない。
クラトスとのCTL(Combat Tether Link)という制御リンクがなければ、指一本動かせない。
CTLはTFとドローン等の無人兵器専用の“機械向け戦術リンク”であり、関節の駆動、照準、射撃まですべてをクラトス側が一括制御する仕組みだ。
つまりTFは、自分では「どこを狙うか」も「いつ撃つか」も決められない、完全な遠隔操作端末――
いわば“数で空間を制圧する費用対効果モデル”だ。
レオンは義体の脚部に軽い加速をかけ、前進した。
背後には十五名の小隊。
周囲では多数のTFが砂煙を巻き上げながら展開している。
《戦域データ共有開始。敵性反応 112。迅速制圧モード起動。》
クラトスの静かな声が、義体の聴覚インターフェースに流れ込む。
レオンは深く息を吐いた。
「行くか…。」
戦闘開始は衝撃の連続だった。
TFの群れが一斉に前進し、ほぼ同時に銃撃を開始。
砂塵を貫く射線は寸分狂いなく、
アウトランズ前衛部隊が雪崩のように倒れていく。
レオン小隊も前に出る。
レオンの義眼には、
敵の位置、風向、弾道予測、仲間の動線、
すべてがクラトスを通じて青い軌跡になって重なる。
――その時までは、完璧だった。
「右側! カズマ、抜けられるぞ!」
レオンが叫んだ瞬間だった。
カズマの銃口が敵に向けられている。
距離は近い。
弾丸が発射される――はずだった。
だが、
ガチッ、ガチガチッ!。
乾いたロック音。
トリガーが途中で止まっている。
(撃てない……? 敵性判定中!?)
カズマの目が見開かれる。
敵はすでに振りかぶって突っ込んでくる。
レオンは反射的に身を滑らせた。
義体の脚部アクチュエータが爆発的に駆動し、
砂を弾き飛ばしながらカズマの前へ飛び込む。
刹那――
ドンッ!
レオンの射撃が敵の胸を貫いた。
カズマの頬をかすめて血飛沫が飛ぶ。
「カズマ、どうした!」
カズマは肩で息をしながら叫ぶ。
「撃てなかった! 敵性判定待ちです!!」
レオンは即座にクラトスへ問い合わせる。
「クラトス、今のカズマのトリガーロックはなんだ。」
《対象の敵性判定が閾値に達しなかったため、射撃許可を一時保留しました。》
「この距離で? どっからどう見ても敵だろう!?」
《戦場環境の視認データが不十分です。》
レオンは眉をひそめた。
(……それは違う。
今までも同じような状況は何度もあった。
環境が原因じゃない。)
背後で別のTFが爆発音を立てて倒れる。
「敵重武装班が横合いに来るぞ! 構えろ!」
第二の波が襲いかかってきた。
複数の敵が散開し、
右から左からTFを挟み込むように突撃してくる。
TFの一機が敵へ銃を向ける。
トリガーは――
動かない。
その一瞬の“穴”を突かれ、
敵の弾丸がTFの首関節を破壊。
機体は砂地へ崩れ落ちる。
さらに別方向で二機、三機と倒れる。
「TFが落とされていく……!」
レオンはすぐに確認した。
「クラトス、TFのCTLは生きているのか。」
《CTLは全機接続されています。
機能は正常です。》
レオンの眉間に小さな緊張が刻まれた。
「TFが動かなかったぞ!」
《敵性判定処理の延長によるものです。判断材料の不足により、評価プロセスが延長されています。》
レオンが歯を食いしばる。
TFは従順すぎるゆえ弱い。
判断が遅れれば、避けることすらできずに破壊される。CTLが確立されてなければただの置物だ。
だからこそ人間が前線にいる。
その“人間の判断”すらクラトスは縛っている。
(……ここまで続発する遅延。
これは偶然じゃない。
俺が報告したあの誤射が原因か?
中央管理評議会がどこかをいじったか……?)
レオンの中で、冷たい予感が膨らむ。
さらに敵が迫る。
四人編成の突入班が砂煙を裂いて疾走してくる。
義眼が自動で狙点を補正。
射撃角度は完璧——
指に力を入れる。
なのに、
撃てない。
黄色い文字が視界に浮く。
《NSI:敵性判定中》
(……俺にも来たか。)
敵のひとりが射線に飛び込んでくる。
刃が光る。
距離はもう詰まっている。
心臓の鼓動が早まる。
判断が間に合わない。
――まずい。
レオンは咄嗟に身体をひねり、
刃を肩先でかわし、足払いで敵を倒した。
砂が舞い上がる。
その瞬間タングステン強化合金製の右拳が敵の頭部をヘルメットごと粉砕した。
胸の底が冷える。
この“0.3秒”が戦場では致命傷になる。
レオンはクラトスに低く言う。
「クラトス、これは環境じゃない。以前はこんな事ありえなかった。何かが変わっている。」
《変更はありません。すべての倫理・戦術判断プロトコルは正常です。》
レオンは敵の影を追いながら、
義眼のインターフェースの視界の隅に小さく浮かぶ“個別暗号チャネル”を選択した。
《……暗号チャネルを確認。
レオン大尉、どうしましたか。》
レオンは低く、短く問う。
〔誤射報告の後……
お前の内部設定に、変更はあったか。〕
ほんの一秒以下。
しかしクラトスにとっては“異常な沈黙”。
《……回答不能。
当該情報へのアクセスは制限されています。》
レオンの眉がわずかに動いた。
(……クラトス自身が、自分の内部に触れられない? 誰の権限だ…? 中央管理評議会か?)
声は淡々としているが、
どこか“この話を続けさせたくない”色があった。
レオンは短く返す。
〔後で聞きたいことがある。〕
チャネルを閉じた瞬間、
視界の端で味方TFがまた一体、撃ち抜かれて崩れ落ちた。
(何か隠している。これは偶然じゃない。中央管理評議会か……クラトスか……その両方か。)
砂煙の向こうで第三波の敵が押し寄せる。
レオンは連続する爆音を浴びながら、
今の戦況の中で確信していた。
(このままでは被害が大きくなる…)
砂煙の先で、第三波の敵が押し寄せている。
TFも味方兵も疲弊し崩れかけている。
レオンは深く息を吸い、NSIリンクを切断した。
クラトスが即座に通知を出す。
《NSIリンクに遮断を検知。
再接続してください。》
レオンは短く答えた。
〔……再接続はしない。〕
(NSI―― Neural Synapse Interface 兵士の神経信号とクラトスの戦術判断を“同期”させ、照準補正、射撃許可、回避ルートの最適化……
あらゆる判断を瞬時に共有するための戦術リンク。クラトスの許可が下りなければ、トリガーは引けない構造になっているのも NSI の仕様。CTLと似ているが、NSIは人間のサポートという側面が強い。)
義体の中でアクチュエータが吼える。
視界が生身の反射に戻る。
濁りも迷いもない、純粋な“戦場の速度”が蘇る。
レオンは銃を握り直した。
レオンの視界が、青い補助線のない“裸の戦場”に変わった。
義眼のオーバーレイが消え、クラトスによる照準補正も軌道予測も途切れる。
ただ砂塵と光と影。
ただ敵の体温と銃声の衝撃。
ただ、生身の反射。
だが、今となってはそれが逆に鋭い。
次の瞬間、レオンの身体が先に動いていた。
左から来た敵の突撃に合わせて、義足のシリンダーを最小限だけ噛ませて滑り込み、
射線を塞ぐように飛び込んできた敵の肩を、逆手のナイフで切り裂く。
続けざまに反対側へ捻る。
義体の腰部モーターが低く唸り、背後から迫る足音を捉える。
反転。
三点バースト。
弾道補正が無くても、“身体が覚えている角度”だけで十分だった。
砂が舞い、肉が裂け、敵が崩れる。
背後でカズマの悲鳴が飛ぶ。
「隊長! もう一波来る!!」
レオンは砂煙の奥を睨んだ。
クラトスの補助がない戦闘。
敵性検知も、脅威判定も、動線最適化、射撃弾道補正もない。
だからこそ、迷いがない。
(クラトスは“判断材料不足”と言った。
だがこれは……誤射を異常なまでに恐れての判定遅延だ。だがAIであるクラトスが何かを恐れることはない…中央管理評議会か…? まるで俺への当てつけのようだな…)
砂煙の濃度が変わり、敵が姿を現す。
八名。
その後ろにも複数の影。
味方のTFはすでに半数以上が沈黙していた。
敵性判定の遅延がすべての原因だ。
レオンは天を仰ぐように銃を掲げ、一瞬だけ息を止める。
――来い。
敵が散開した瞬間、
レオンは踏み込んだ。
義足のピストンが爆発的に動作し、一瞬で最高速度へ達する。
砂が爆ぜ、爆風が足元で渦を巻き上げる。
「ッ……!? ぐあああ!」
味方兵の誰かの叫びが聞こえる。
レオンは敵の中心へ突撃していた。
同時に、右手のライフルを連射。TFの戦力がないため弾丸がどんどん減っていく。
破壊されたTFからライフルを回収し、次々と敵を撃破していく。
補助線のない世界で、一発もブレない。
敵の胸部装甲が弾ける。
二人目。
三人目。
(やはり……俺の判断は合っている。
クラトスの遅延がなければ、全部こうなる。)
後方から悲鳴。
「隊長! そっちに三人抜けた!!」
レオンは振り返りざまに左腰のホルスターからハンドガンを抜いて背面射撃。
義体の回転軸が唸り、一瞬で後方を“見ると同時に”撃つ。
――パン。パン。パン。
抜けてきた三人が砂に沈む。
味方兵たちは、一瞬だけ呆然としていた。
その空気を切り裂くように、別の兵が叫ぶ。
「隊長! ……リンク切ってんですか!?」
「切った。」
短い返答が、戦場に重く落ちた。
そして次の瞬間、
カズマの視界にも、黄色い警告ウィンドウが浮かぶ。
《NSI:敵性判定中》
撃てない。
仲間がまた一人、悲鳴と血の帯を砂に残して倒れた。
兵士たちの目に“理解”が走る。
「……おい、これ……クラトスが処理落ちしてるんじゃ……!」
「俺もさっき撃てなかった! これじゃ殺される!!」
次々に、迷いを振り払うように、
兵士の一人がリンク切断ウィンドウを開いた。
《NSIリンクを切断。戦術補助機能が停止します。》
続けて二人、三人。
クラトスは次々と兵士に警告を送る。
《NSIリンク切断を検知。直ちに再接続してください。》
次の瞬間、
その兵士たちの反射速度がレオンと同じ“生身の戦闘速度”に戻る。
全員が、ようやく自分の身体に戻ってきた。
レオンは前を向いたまま、短く言った。
「……行くぞ。」
誰よりも冷静で、誰よりも速い声だった。
クラトスの戦術判断が落とした兵士たちの命。
その“死の理由”を、レオンは誰よりも理解していた。
(……遅延は情報不足じゃない。中央管理評議会がクラトスをいじったとしか思えない…)
どういじったかは、まだ分からないが……
今は──敵を止めるしかない。
レオンは銃を構え直し、地面を蹴った。
背後から、叫びが上がる。
「レオン隊長!! ついていきます!!」
タクティカルフレームの残骸を踏み越え、
味方兵たちが次々とレオンの背中へ走り込む。
雲のように舞う砂塵の中、
ひとりの兵士が呟いた。
「……隊長の判断が正しい……」
レオンは答えない。
だがその沈黙そのものが、全員の士気を押し上げていた。
レオン隊は反撃へ転じる。
砂塵と怒号の中、
クラトスの支配を断ち、ただ“人間の判断”だけで戦場を切り開く。
アウトランズ側も黙ってはいなかった。
彼らにはクラトスはない。
代わりに、粗雑だが自由度の高い兵器群を戦場に投げ込んでくる。
砂丘の向こうから、キャタピラの唸りが近づいた。
旧世代の戦車シャーシを改造した無人車両が三両、遠隔操作で突入してくる。
車体上部には、市販品を寄せ集めて作ったような対人用リモートタレットが増設されていた。
「無人戦車か……」
レオンが視線だけで位置をなぞると、
上空には国籍もメーカーもバラバラな小型ドローン群が飛んでいた。
民生品を魔改造したものも混じっているのが、機体シルエットで分かる。
(アウトランズらしいな……統一感ゼロだが、数と“自由度”だけはある。)
ドローンからの集中射撃が、TFと遮蔽物を削り取る。
TFも反撃に出ている。明らかに人ではない敵に対しては、判定遅延は出ていないようだ。
「上のドローンを散らすぞ!」
レオンが短く叫び、破壊されたTFの肩部装甲を蹴り上げる。
舞い上がった鉄の板が、即席のシールドとなって上空からの照準をずらした瞬間、
別の兵が肩撃ちミサイルを構えた。
「ロック……いける!」
ミサイルが一条の白い尾を引き、ドローンを横から吹き飛ばす。
遅れて、他のドローンが数機まとめて誘爆する。
反対側では、アウトランズ側の“人型機”が前進していた。
古い軍需データを盗み出して再現したのか、
TFを模した粗悪な外装に、市販アクチュエータを詰め込んだだけのような代物だ。
クラトスのような統合制御はなく、それぞれの機体が別々の操縦者にリモコンで操作されている。
動きは粗い。
だが、遠慮も制限もない。
「こっちは“誤射”を恐れすぎて動けない、“本物のTF”か…。」
レオンは皮肉を飲み込み、弾倉を換えた。
その時、無人戦車が味方ドローンのミサイルで破壊された。
カズマはホッとした声でつぶやいた
「デカブツ相手には遠慮ないんだな。流石に人と見間違えることはないからか。」
無人戦車の残骸を盾に使いながら、
レオン隊は左右に散開し、アウトランズのリモコン機とドローンの“継ぎはぎ編成”を逆手に取る。
操作にラグのある機体の死角へ滑り込み、
義体の加速で一気に間合いを詰めてコアユニットを撃ち抜く。
「一機ダウン!」
「落とした! まだ来る!!」
怒号と爆音が折り重なり、
灰域は一瞬ごとに形を変えていく。
それでも、レオン隊の前進は止まらなかった。
クラトスの補助は、この瞬間だけは届かない。
ただ人間と、古い兵器と、砂塵だけが支配する戦場。
戦闘が長引くにつれ、変化は目に見える形になっていった。
最初は“押し寄せる波”だったアウトランズ部隊が、
やがて“途切れ途切れの群れ”に変わっていく。
無人戦車はすべて破壊され、
残ったドローンも弾薬切れか、操作手の撤退で次々とふらつきながら墜落していった。
「熱源、だいぶ減ってきました! 前方、散発的です!」
後方の兵が叫ぶ。
レオンは一度だけ立ち止まり、周囲を見渡す。
砂地にはTFの残骸が折り重なり、
その間に人間の兵士たちが伏せている。
だが、さっきまでの“為す術のない消耗”はもうなかった。
レオンたちの弾薬はすでに底を突きかけていた。
TFが排除するはずだった敵を倒すのに、弾を撃ちすぎたからだ。
しかし補給に戻っている余裕はない。
「前進班、三人一組で進め。
残りは後方で負傷者と遮蔽物の確認。
生きてるアウトランズは、全部洗い出す。」
「了解!」
三人組の小さな突入班がいくつも編成され、
廃ビルの影へと散っていく。
前進班の一つが角を曲がった瞬間、
至近距離から撃ち返され、壁の破片がはじけ飛んだ。
「クソッ、もう弾が――!」
カズマがマガジンを叩き、乾いた空打ち音だけが響く。
「俺も切れた!」
別の兵も、空のマガジンを投げ捨てる。
レオンも残弾表示を一瞥し、マガジンが赤く点滅しているのを確認した。
最後の数発を撃ち切ると、ライフルをそのまま敵のヘルメットめがけて投げつける。
鈍い音とともに敵がよろめいた瞬間、
レオンは既に距離を詰めていた。
義体の右腕が、ナイフとともに弧を描く。
刃は致命部を外し、肩口の装甲の隙間を抉る。
同時に、左肘が胸板にめり込み、骨が砕けるような感触が義体のセンサーを震わせた。
背後から別の敵が組み付いてくる。
レオンは腰を落として重心をずらし、そのまま前方へ投げ飛ばした。
義足と砂地の摩擦が、ありえない角度の投げ技を可能にする。
横目に映ったカズマは、
空になったライフルの銃床で敵の顎を横殴りに砕き、
続けて腰のコンバットナイフで太腿の筋を断ち切っていた。
「はあっ……はあっ……!」
息は荒いが、動きは研ぎ澄まされている。
NSIの補助がなくても、訓練と経験が筋肉と義体に刻まれているのが分かる。
別の兵は、TFの折れたアームを引きずり出し、
即席の鉄パイプのように振り回して敵の腕ごと武器をへし折っていた。
(……リンクがなくても、まだやれる。
少なくとも、“遅延する判断”よりはマシだ。)
レオンは一歩踏み込み、目の前の敵の手首を掴んだかと思うと、そのまま関節の可動域を無視した角度へとねじり上げた。
乾いた断裂音と共にライフルが手から滑り落ちる。その隙を逃さず、膝蹴りを鳩尾へ叩き込み、折り畳まれた上体の側頭部に、義足のかかとを容赦なく叩きつける。
別方向から飛びかかってきた敵のナイフが、レオンの頬をかすめる。
血が一筋だけ飛んだが、レオンはそれを無視して踏み込んだ。
ナイフを握る腕を外側へ弾き、肘関節の裏側に掌底を叩き込む。
タングステン骨格の出力に、生身の関節は耐えられない。
軋む音の直後、悲鳴と共にナイフが砂に落ちた。
レオンは落ちた刃を足先で蹴り上げ、そのまま空中で掴んで投げる。
回転したナイフは、さらに後方から援護に出ようとしたアウトランズ兵の頭部に深々と刺さり身体は糸を切られた操り人形のように崩れ落ちた。
「下がるな! 間合いを潰せ!」
レオンの声に、兵士たちも応じる。
一人は敵の突きをわざと胸元ギリギリで受け流し、懐に潜り込んだ勢いのまま、肩口へタックルを叩き込む。
別の兵は、義体の握力で相手の喉を握り潰しそのまま地面へ叩きつけ、頭をTF残骸の装甲片に叩きつけて意識を奪っていく。
(……クラトス抜きの格闘教範なんて、もう時代遅れだと思ってたがな。
結局最後に残るのは、殴る・裂く・折る、この三つか。)
別方向で組み合っていた最後の一人が、胸元を押さえて崩れ落ちる。
砂に血が滲み、しばしの間、戦場から銃声が消えた。
近距離での銃声が数度鳴り、すぐに静まる。
悲鳴は短く、続かない。
やがて、クラトスの声が、妙に平坦な調子で戦域全体に響いた。
《最新戦域解析を更新。
敵性反応、実働熱源は残り三。》
「三……?」
カズマが息を飲む。
レオンは短く指示を出した。
「生け捕りを優先しろ。」
「了解!」
数分後。
砂丘の陰から、拘束されたアウトランズ兵が二名、引きずられてくる。
もう一つの熱源は、すでに息絶えていた。
「隊長、生存者二。両方とも端末持ってます。
たぶん……さっきの無人兵器群の操作手かと。」
レオンは無言で近づき、
兵士のひとりの腕端末を覗き込む。
画面には、乱暴なUIの“戦場インターフェース”が展開されていた。
市販ゲームと軍事用シミュレーターの中間のような代物。
そこには、ついさっきまで灰域全体に散らばっていたアウトランズ兵器アイコンが、
ほとんどグレーアウトした状態で並んでいる。
「……こいつらも、機械に頼っていたわけか。もっともこちらと違って手動だが。」
レオンは端末から視線を外し、空を見上げた。
砂塵の幕が少しずつ晴れていく。
先ほどまで弾道と爆炎が飛び交っていた空間には、
いまは煙と、焦げた鉄の匂いだけが残っている。
その時、クラトスが再び告げた。
《戦術評価を更新。
本戦闘における敵性戦力は実効的に殲滅されました。
第八地区外縁は、暫定的に安全圏と判定します。》
「“暫定的”ね……」
誰ともなく、誰かが吐き捨てるように言った。
レオンは部隊全体を見渡した。
倒れた兵士たち。
帰ってこない声。
そして、NSIリンクを切ったままの自分たち。
(……クラトスは“勝利”を報告する。
だがこの被害は、本来不要だった。
あの0.3秒の遅延がなければ――)
レオンは義眼のメニューを開き、
NSI再接続のアイコンが視界の隅で点滅しているのを眺めた。
しばらく、そのままにしてから、そっと閉じる。
「負傷者の搬送と、戦域ログのバックアップ。
それが終わり次第、いったん後退する。
……無駄に死んだやつらの分も、全部記録に残すぞ。」
「了解!」
兵士たちの返事は、疲労でくぐもっているが、はっきりしていた。
レオンは最後に一度だけ、破壊されたTFの列を見た。
その内部で、まだCTLリンクは“正常”を示すステータスを灯したままだ。
(正常、ね。
……本当に“正常”かどうかは、こっちで確かめさせてもらう。)
胸の奥で、静かな決意が固まっていく。
灰域の戦いは終わった。
だがその戦闘ログと被害報告は、必ず中央管理評議会と司法AI《オルフェウス》の元へ届く。
そして、立法AI《レギス》の前にも。
――この戦いは、ただの前線小競り合いではない。
――その戦いは、TriCore全体の運命を大きく揺さぶる第一歩となる。
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