第15話 シーソーゲーム

「愛、座って」


キッチンへ逃げかけた愛を、

静也は静かな声で呼び止めた。


愛は何も言わず、

ゆっくりと戻り、

ソファに腰を下ろす。


隣に座る静也との距離は、

近いはずなのに、

ひどく遠く感じられた。


少しの沈黙。


「……別れよう」


静也の声は、

驚くほど落ち着いていた。


愛には、

意味が分からなかった。


喉が、きゅっと詰まる。


「……なんで?」


かろうじて、

それだけを絞り出す。


頭が追いつかない。

言葉が、つながらない。


「ねぇ!

 なんで!

 何が悪かったの!?」


声が、

自然と大きくなる。


「言ってよ!

 直すから!」


必死だった。

ここで終わるはずがないと、

信じたかった。


静也は、

愛から目を逸らす。


「……ごめん」


それだけ。


「なんで……?」


愛の声が、震える。


「え?

 私たち、

 うまくいってたよね?」


言葉が、

次々に溢れる。


「え?

 なんで?

 なんで?」


理解できないことが、

恐怖に変わっていく。


「連絡しろって言ったこと?」


思いついたことを、

片っ端から並べる。


「あ、それとも……

 ビーフシチュー、嫌だった?」


呼吸が、荒くなる。


「ねぇ!

 どれ!

 何が!」


感情が、

混乱から怒りへと変わっていく。


「私のどこが悪いのよ!」


静也は、

何も答えなかった。


言っても、

伝わらないと分かっていたからだ。


「ごめん」


また、その言葉だけ。


「ごめんじゃ、分からない!」


愛は、

声を張り上げる。


「ちゃんと言ってよ!

 ねぇ!

 静也!」


話し合えば、

まだ取り返せる。


そう信じて、

問いかけ続ける。


「……ごめん」


静也は立ち上がり、

ソファから離れた。


玄関へ向かい、

鍵を手に取る。


荷物は、

何も持たなかった。


振り返らない。


ドアが閉まる音が、

静かに響く。


愛は、

その場に取り残される。


理由も、

答えも、

何一つ残されないまま。


ただ、

シーソーの片側だけが、

急に、

空になっていた。

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