第14話 シーソーゲーム

(帰ったら、静也と仲直りしよう)


そう思いながら、

愛は帰宅した。


玄関で、

ふと足を止める。


(……あれ?)


見慣れた靴が、

きちんと揃えられていた。


「おかえり」


リビングから、

静也の声がする。


落ち着いた声だった。


「静也?

 今日、早かったね」


驚きを隠しきれず、

愛は言った。


「うん。

 たまたま、一つ前の電車に

 飛び乗れた」


いつものように、

優しく笑う。


その表情に、

一瞬、安堵する。


愛は鞄を机に置き、

ソファに座る静也の横に腰を下ろした。


距離は、近い。


「静也……

 あのね、昨日はごめんね」


仲直りがしたかった。


この空気を、

元に戻したかった。


「俺も……ごめん」


静也は、

穏やかにそう言った。


でも、

目は、笑っていなかった。


そのことに、

愛は気づいてしまう。


胸が、

ぎゅっと縮む。


「あ、あのね!」


沈黙を切るように、

愛は声を上げる。


「式とか……

 そういうのは、

 もう少し先にしよう!」


必死な弁解だった。


「愛……」


静也が、

静かに名前を呼ぶ。


その声に、

愛は耐えられなかった。


聞きたくなかった。


だから、

わざと被せる。


「ねえ、今日の晩ご飯、

 何にしようか?」


言葉が、止まらない。


「肉じゃが?

 カレー?

 何が食べたい?」


問いかけながら、

愛は笑おうとする。


とにかく、

繋ぎ止めたかった。


この会話を、

続けたかった。


静也の言葉を、

聞くのが、

どうしても怖かった。


静也は、

何も答えなかった。


愛の声が、

部屋に残る。


その夜、

二人の間には、

料理の話だけが浮かび、

本当に必要な言葉は、

どこにも置かれなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る