第12話 シーソーゲーム
「ただいま」
静也の声は、
いつもより少し低く、沈んでいた。
「おかえりー!」
愛は、
それに気づかないまま、
明るく返す。
「ねえ、見て!
買ってきちゃった!」
仕事帰りに買った、
結婚情報誌を掲げる。
「ここの式場ね、
すごく雰囲気いいよ!」
ページをめくりながら、
楽しそうに続ける。
「静也は、どれがいい?」
期待に満ちた声。
静也は、
テーブルの端に置かれた雑誌を見た。
写真。
ドレス。
式場。
日付。
目を向けようとして、
それ以上、近づけなかった。
「俺は……
そういうの、わからないな」
静也は視線を落としたまま言う。
「愛の好きなところにしよう」
その言葉が、
愛の中で、
静かに火をつけた。
「なんで!」
声が、
一段高くなる。
「ふたりのことなのに!
静也もちゃんと考えてよ!」
雑誌を閉じる音が、
少し強く響いた。
「同棲してから、
冷たくない?」
言葉が、
止まらない。
「静也は、
私と結婚したいんじゃないの!?」
問いかけは、
確認ではなかった。
責めだった。
愛には、
静也が何を考えているのか、
分からなかった。
分からないことが、
不安になり、
不安が、そのまま怒りになっていた。
静也は、
しばらく黙っていた。
何かを言おうとして、
言葉を探して、
結局、見つからなかった。
「……ごめん」
小さく、そう言う。
「疲れてるから」
それだけを残して、
静也は立ち上がった。
愛の視線を受け止めることなく、
その場を離れる。
逃げたのだと、
愛は思った。
静也は、
自分が何から逃げたのかを、
まだ、はっきりとは理解していなかった。
ただ、
その夜、
結婚情報誌は開かれることなく、
テーブルの上で、
静かに閉じられたままだった。
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