第10話 シーソーゲーム

休日。

久しぶりに、二人でデートに出かけた。


目的は特になく、

ただのウィンドウショッピング。

気になった店に入り、

それぞれ好きなものを買って、

それなりに満足する。


何でもない一日。

でも、こういう時間が

“うまくいっている証拠”のように思えて、

愛は少し嬉しかった。


帰宅しようと歩いていると、

通り沿いのショーケースが目に入る。


白い布が、

柔らかな照明に照らされていた。


「静也! 見て見て!

 綺麗だね!」


ウエディングドレスだった。


レースの袖。

光を反射するビーズ。

広がるスカート。


愛はショーケースの前に立ち、

目を輝かせて見つめる。


「愛が着たら、もっと素敵だね」


静也は、

少し間を置いてから、

優しく微笑んだ。


それは、

自然に出てくる言葉だった。


「静也は、どんなドレスが好き?」


愛は振り返り、

楽しそうに問いかける。


「私はね、Aラインかな。

 でもプリンセスラインも可愛いよね!」


両手でスカートを広げる仕草をしながら、

想像を膨らませる。


結婚式。

ドレス。

祝福。


その一つ一つが、

愛の中で明るく連なっていく。


「俺は、どれでもいいよ」


静也はそう答えた。


「愛は全部、似合いそうだから」


言葉は柔らかく、

声音も穏やかだった。


愛は嬉しそうに笑い、

もう一度ドレスに視線を戻す。


胸の奥が、

温かく満たされていくのを感じていた。


一方で、

静也は、

ショーケースの中を見ていなかった。


ドレスの向こう側。

映り込んだ自分の姿を、

ぼんやりと見ていた。


愛との結婚式を、

思い浮かべようとした。


白い会場。

指輪。

拍手。


――何も、浮かばなかった。


拒否感があるわけじゃない。

恐怖でもない。


ただ、

映像が、なかった。


「……帰ろうか」


静也の声に、

愛はうなずく。


二人は並んで歩き出す。


愛の中では、

未来がはっきりと形を持ち始めていた。


静也の中では、

未来はまだ、

空白のままだった。

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