第4話 シーソーゲーム
翌日の朝、
キッチンから、包丁の音が聞こえてきた。
静也は朝ごはんを作っていた。
昨日、愛を悲しませたからだ。
料理は嫌いじゃない。
一人暮らしも長かったし、
簡単なものなら手早く作れる。
それでも、
フライパンを返しながら、
胸の奥に小さな空洞を感じていた。
――悪いことをしたんだろうか。
連絡をしなかっただけで。
そう思いかけて、
考えるのをやめる。
「おはよう」
寝室から、愛が出てくる。
「静也! 朝ごはん作ってくれたの?」
目を輝かせて、キッチンを覗き込む。
その反応に、静也は少しだけ安心する。
「昨日、心配かけちゃったからね」
自分でも、理由を口にして初めて、
それが“埋め合わせ”なのだと気づいた。
「嬉しい!
静也と食べるご飯が、一番美味しい!」
無邪気な声。
疑いも、計算もない。
「俺もだよ」
静也は、そう返す。
反射的に。
それが一番、角が立たない言葉だった。
二人で並んで朝食を食べる。
穏やかな時間。
昨日のことは、もう終わったことのように扱われている。
ただ、
静也の中だけに、
説明できない重さが残っていた。
⸻
それぞれ出勤し、
愛は勤務先の病院で、明日香を見つける。
「ねえ、聞いてよ」
昼休み、
愛は声を潜めて話し始めた。
「昨日さ、彼氏が飲み会で遅くてさぁ。
連絡くらいくれてもよかったのに」
明日香は、すぐに眉をひそめる。
「えー! それは心配するよね!
ひどいよ、それ!」
即答だった。
その言葉を聞いた瞬間、
愛の胸の奥が、すっと軽くなる。
――やっぱり、そうだよね。
私が神経質なわけじゃない。
恋人なら、普通。
心配するのは当たり前。
「でもね、今朝は朝ごはん作ってくれたんだ」
「なにそれ! 優しいじゃん!」
明日香が笑う。
愛も、つられて笑った。
ちゃんと、分かってくれてる。
そう思った。
共感されることで、
昨日感じた不安は、
きれいに整理されていく。
その代わりに、
ひとつの基準が、
愛の中で静かに形を持つ。
――次からは、連絡をくれるはず。
それが
思いやりなのか、
配慮なのか、
義務なのか。
愛は、まだ区別していなかった。
ただ、
安心していい理由が欲しかっただけだ。
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