第3話 シーソーゲーム

愛は仕事を定時で上がり、家に帰った。


玄関を開けても、部屋は静かだった。

靴は一足分だけ。

静也は、会社の飲み会で帰りが遅くなると言っていた。


一人分の夕飯。

冷蔵庫にあるもので簡単に済ませる。

テレビをつけ、バラエティを眺め、

そのままドラマに切り替える。


画面の中の会話が、

少しだけ騒がしく感じられた。


ひとりのご飯は、

思っていたよりも、寂しい。


お風呂に入り、髪を乾かし、

ソファに戻ってスマートフォンを見る。


連絡は、ない。


――忙しいだけだよね。

愛は自分に言い聞かせる。


恋人がいるからといって、

常に一緒にいられるわけじゃない。

そんなことは、わかっている。


それでも、

時計を見る回数は増えていった。


「ただいま」


玄関の音と同時に、

静也の声がする。


時計を見ると、思っていたより遅い時間だった。


静也はお酒をあまり飲まない。

酔った様子もなく、

いつも通りの顔をしている。


愛は反射的に立ち上がり、

静也に駆け寄った。


「遅かった!

 帰る前に連絡欲しかった!

 心配したよ!」


声は少し高くなっていた。

怒っているつもりはなかった。

ただ、不安だっただけだ。


静也は靴を揃えながら、

一瞬だけ愛を見る。


「わかった。

 今度からは気をつける」


それだけ言って、

静かに自分の部屋へ向かった。


扉が閉まる音が、

やけに小さく響いた。


愛はその場に立ち尽くし、

胸の奥に残った違和感を見つめる。


――ちゃんと、伝えただけ。


心配した気持ちは、正しい。

恋人なら、当然だ。


そう思いながら、

愛はソファに座り直した。


その夜、

「連絡をしなかったこと」が

静也の中でどういう意味を持ったのか、

愛は考えなかった。


ただ、

これからは連絡してくれる

という事実だけを、

静かに受け取った。

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