第2話 心躍らせて
背後から扉が開く音が聞こえ、長きに渡る戦いの癖からか全身が緊張し瞬時に振り返り魔法を使う準備をしてしまった。
扉から姿を現したのはこの教会のシスターであろう人物であった。私を見た途端驚いた様子で寄って来た。それを確認した私は少し溜息を付き魔法の準備を解除する。
「あら、まだ参拝者がいたなんて...まだ七星教を信仰する者がいることに大変嬉しく思います!」
この世界での初めての出会いだ。まともに他人と接触してきたことがないので軽い会話程度でも魔王を前にした時のような緊張感が私を支配する。変なことや失礼な発言をしないか、相手との会話についていけるか等、心の中は不安の渦でいっぱいだった。この世界については少ししか知らないので何か少しでも情報が欲しい。
「あの、私、記憶が無くなってて...」
「まあ、それは大変!ここに来るまで大変な思いをしたでしょう。でもきっと救われます。ここは月織神様を祀る教会。そして月織神様は全てを見通し知識を授ける神。ここに貴女が来たのもきっと運命神ティア様のおかげね。」
知らない単語が出てくるがルナリアは元いた世界の月の神と似たような役割を担っているらしい。運命神ティアというのは全く分からないがここまで聞けばあとは自分でもなんとかなる。そう、魔法で。
魔法は魔力を対価に世界に事象を及ぼす力。対価を渡す相手の名前さえ知っていれば事象を顕現することは出来る。後は詠唱構造を少し変えれば簡単。
「はい、きっと大丈夫だと思います。」
何がいけなかったのかシスターの目は私の言葉で輝き涙を浮かべ、あまつさえ両手を握り心から歓喜している様子だった。
「貴女はこの時代には珍しい敬虔な信徒です!私は大変嬉しく思います。それに比べて最近の若い世代はアストラルなんていう邪なものに囚われた挙句、七星神と星霊を同一視し始めるのですからこれはもう神への冒涜です!!貴女もアストラル反対運動に参加しませんか?」
「い、いや、私は...」
先程までは涙さえ浮かべて歓喜していたというのに急に様子が変わって戸惑うしかなかった。もしかしなくても私は来る場所を間違えたのではないかと。
「大丈夫です!!皆々に神への祈りは自身の幸福、いいえ世界の恵になるということをお伝えすればよいのですから。さあ...!!」
「ご、ごめんなさい~」
シスターの余りの圧力に私は耐えられなくなって逃げてしまった。こんな怖ろしいところはもう御免である。そしてこの世界での初めての会話があれって、と漠然とした不安に襲われてしまった。
外に出ると石畳の向こうに珍しい材質をした家々が立ち並び、整備された黒っぽい道には馬のない馬車のようなものが走っているのが見える。夕焼けが美しさもさることながら、空に浮かぶ月が輝きを増して神々しい。それを見て本当に別世界に来たということが実感できた。
「わぁ、本当に別世界...」
落ち着いてきたところで先程シスターが言っていたことが気になって来た。七星神と星霊の同一視という発言。そして魔力の替わりのように辺りを支配する神力。
元いた世界でも星霊と似たような存在はいた。そしてそれと近しい人は必ず魔法とは違った特別な力を身体に宿していた。例を挙げるとすれば勇者がそうだった。
圧倒的な力を持った勇者すら私の足元にも及ばず私が魔王を倒すことになった経緯に、勇者が持っていたここで言うところの星霊の名前を借りて勇者と同じ力を得てしまったからという点がある。
これらを踏まえて考えると面白いことが出来るのではないかと考えてしまった。
「サーチ」
魔法を使うものにとって詠唱は欠かせない。私の研究成果の一つにその詠唱を完全に省略できる技術、無詠唱(ノースペル)というものがある。本当は「サーチ」なんて言う必要すらないが、私の多すぎる魔力量にとってはデメリットなんてないようなもの。
探知魔法を使うとすぐにそれは姿を現した。視界のあちらこちらに私の小さい拳と同じくらいの球のようなものが分からないほど弱弱しい光を放ちながら漂っていた。私はそれらの名前を一つずつ確認していき、魔法の詠唱に入れては使うということを繰り返した。
「お、これは遠視かな。これはなんだろ?こっちは透視でこっちは未来視!これは―――」
と夢中になっていたところで私のお腹が空腹を知らせた。魔王との戦闘の緊張が解けて空腹感が戻って来たといったところだろうか。五月蠅い上に私の研究を邪魔するので煩わしくて仕方がない。
何かないかと衣服に付いたポケットに手を突っ込み中を探っても出てくるのはクシャクシャになったメモ用紙とペンだけだった。研究以外のことは全く興味がない私を体現したような所持品に過去の自分に期待した自分が馬鹿だったことに気づかされる。
「とりあえず晩飯を食べよ。」
私は仕方なく研究を止めて晩飯を食べることをとりあえずの目標とした。
能力至上主義の世界で万能魔法を使って生きよっか? 天明ほのか @amake_dim
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