第2話 数え間違い

 次の日も、放課後は変わらなかった。


 チャイムの音が鳴って、僕らはまた廊下を走る。

 ランドセルが背中で跳ねて、先生の「走るなー!」という怒っている声が遠くで聞こえた。


 昇降口に集まる。


「今日は?」


 誰かが聞くと、ハヤトが靴を履きながら言う。


「公園」


「昨日も公園じゃん」


 ユウが文句を言うけど、声は笑っていた。

 結局、全員で同じ方向に走り出す。


 公園に着くと、ブランコは相変わらず二つしかない。

 鉄棒は錆びている。

 砂場の端には、昨日誰かが作った山が崩れたまま残っていた。


「鬼ごっこな!」


「えー、また?」


「じゃあ、かくれんぼ!」


「狭すぎ!」


 そんなやり取りをしながら、結局鬼ごっこになる。


 ルールは適当で、ジャンケンで鬼を決める。

 気づいたら全員、公園で走り回っていた。


「捕まえた!」


 ユウが叫ぶ。

 昨日と同じだと思って、少しだけ可笑しくなる。


 でも――


 数分後、僕は息を切らして立ち止まった。


 胸が苦しい。

 汗が目に入って、少しだけ視界が滲む。


「あれ?」


 公園の真ん中を見渡す。


 ハヤトがブランコの近くにいる。

 ユウは鉄棒のそばでしゃがみ込んでいた。

 もう一人は、滑り台の裏に隠れている。


 ……もう一人?


 頭の中で、数を数える。


 一、二、三――


 そこで、引っかかる。


「……?」


 誰かが足りない気がした。


 でも、誰だろう。


 名前が出てこない。

 顔も、思い出せない。


「なにしてんの?」


 ハヤトが声をかけてきた。


「鬼、交代だぞ」


「……あ、うん」


 返事をしながら、もう一度周りを見る。


 みんな、いる。

 ちゃんと、いるはずだ。


 じゃあ、さっきの違和感は何だったんだろう。


 僕は首を振って、また走り出した。


 夕方になると、昨日と同じように、どこかの家の夕飯の匂いがして、誰かが「そろそろ帰ろう」と言った。


 それは、ハヤトかもしれないし、ユウかもしれないし、また別の子かもしれない。


 別の子……引っ掛かりを感じるのはどうしてだろう。


「また、明日」


 別れ道で手を振る。


 昨日と同じ。

 何も変わらない。


 家に帰って、靴を脱いで、そのまま自分の部屋に行く。

 学習机にランドセルを引っ掛ければ、母さんの「ご飯だよ!」という声が聞こえて、返事をした。


「今日ってさ」


 夕飯のとき、何気なく口を開いた。


「僕らって、何人だっけ?」


 母さんが箸を止めて、きょとんとする。


「何言ってるの。いつもの子たちでしょ」


「……何人?」


「五人じゃないの?」


 その答えを聞いて、なぜか胸が少しだけ冷えた。


 五人。


 そうだ。

 五人だ。


 なのに、どうして胸の奥がざわつくんだろう。


 僕はその夜、布団の中で目を閉じながら、どうしても一人分、思い出せないままだった。

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