第3話 忘れない約束

 小学六年生の秋。

 僕らは裏山で穴を掘っていた。


「……もうちょっと深い方いいんじゃないか」


 穴を覗きながらハヤトが尋ねると、ユウはシャベルを持ち直す。


「どんくらい?」


「あともうちょっと……うん、そんくらい」


 土は湿っていて、掘るたびに変な匂いがした。

 落ち葉と土と、何か古いものが混ざったような匂い。


 穴がそれなりの深さになると、僕らはそれぞれ持ってきた紙袋を広げた。

 クッキーの空き缶の中に、一つずつ入れていく。


 ゲームの説明書。

 落書き帳の切れ端。

 折れた定規。

 五年生のときに流行ったカード。


 一、二、三……。


 数えている途中で、手が止まった。


「……あれ?」


 缶の中を覗き込む。

 ちゃんと、いっぱい入っている。


 なのに、数が合わない気がした。


「どうした?」


 ハヤトが顔を覗き込んでくる。


「いや……なんか……」


 言葉にしようとしたけど、うまく出てこない。

 何が足りないのかも、分からなかった。


「早く埋めようぜ。暗くなるぞ」


 ユウが言う。


「……うん」


 僕は頷いて、クッキー缶の蓋を閉める。

 誰かが、缶の上にセロハンテープでとめた紙を乗せた。


「十年後に開けるって書いとこ」


「大人になってんのか」


「なってるよ。想像つかないけど」


 笑い声が落ち葉の間に消えていく。


 シャベルで土を戻す。

 何度か踏み固めて、目印に石を置いた。


「忘れんなよ」


「忘れねぇって」


「場所もちゃんと覚えとけよ」


 全員が頷いた。


 ――そのはずだった。


 帰り道。

 山を下りながら、僕はふと振り返った。


 さっきまで、みんなで掘っていた場所。

 土を被せた場所は、ほんの少し山になっていた。


 ちゃんとそこにある。

 なのに、胸の奥がひっかかる。


「……あのさ」


 声に出しかけて、やめた。

 何を聞きたいのか、自分でも分からなかったから。


 その日の夜。

 布団の中で目を閉じると、クッキー缶の中身が頭に浮かぶ。


 思い出そうとするたびに、誰かの紙袋だけがどうしても思い出せなかった。


 入れたはずだ。

 みんなで一緒に。


 でも、何を入れたのか。

 誰のものだったのか。


 考えれば考えるほど、輪郭がぼやけていく。


 ――十年後。


 本当に、開けられるだろうか。

 そのとき、僕らは何人でそこに立っているんだろう。

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