第25話 エルドガルドへ


■2-12: エルドガルドへ


装備完成の日は、朝焼けの色がやけに澄んでいた。


宿の前に立っていたアレルは──目の前の防具と剣を見て、言葉を失った。


肩も胸も過剰に盛られず、それでいて強靭な光沢。 しなやかに体に沿う黒鋼の装備。

軽さと強さを両立させた、まさに“勇者のためだけの一式”。


剣は深い蒼。 鍔には金色の細い紋が走り、握った瞬間、体の奥まで響くような感覚があった。


カザドが、どこか照れたように鼻を鳴らす。


「文句言ったら殴るからの。最高傑作じゃ」


アレルはただ、素直に頷く。


「……ありがとう。最高だ」


テスは尻尾をぶんと振りながらアレルの肩を叩く。


「うむ! これぞ勇者の装いじゃ!」


その空気の中で、玄太は静かに一歩進んだ。


「カザド」


「ん?」


玄太は淡々と言う。


「パーティーを抜けろ」


一瞬、街全体の喧噪が遠のいたような錯覚が走った。


「……はぁ?」


カザドは笑おうとしたが、玄太の表情を見て笑えなくなる。


玄太は視線を外さず続けた。


「ドッカはこれから騒がしくなる。遺跡が解放された。  

国も商人も冒険者も集まる。しばらく混乱だ」


「……」


「お前はここに残れ。ここの中心に立て。  街を守れるのはお前だけだ」


カザドは口を開きかけ──閉じた。


そして大きく息を吐いた後、力なく笑う。


「……そういう言い方する時のゲンタは……絶対に揺るがんやつじゃ」


玄太は頷く。


カザドは視線をそらし、ぽつりと、


「……本当は、一緒に行きたかったんじゃがな……」


それでも最後には、いつもの大声で笑った。


「チッ……しゃーねぇ!! 任せとけ! ドッカはワシが守る!!」


「もっかい言うぞ、パーティーを抜けろ」

「はい」


ピコンと音が頭に響く



玄太は拳を出した。


カザドも拳を合わせる。


その一撃は、言葉以上の会話だった。



城門前。


荷を積んだ一台の馬車。 食料、寝具、薬、そして旅費。

すべて玄太ガザドが手配していた。


御者台にアレル。 後部の席にはテスと──エルフの子。


玄太が最後に言う。


「向かうのはエルフのエルドガルドだ」


アレルは手綱を握りしめた。


テスがニヤリと笑う。


「また異種族の地じゃな。胸が高鳴るわ!」


玄太は子どもにかがんで優しく語りかける。


「母さんのところまで必ず届ける」


子どもは涙を浮かべながら小さく頷いた。


玄太は馬車の後部に飛び乗り、ドカッと座る。


「よし、行くぞ」


城門が開く。


朝陽が線となって道を照らす。


アレルは小さく息を吸い──


「出発だ!!」


馬が走り出す。 車輪が大地を刻み、新しい旅路が描かれていく。


ドッカの城壁の上から、カザドが手を振りながら怒鳴った。


「生きて帰ってこいよぉぉぉぉぉ!!!  ワシの最高傑作を死なせたら承知せんからなぁぁぁ!!」


玄太は笑って手を振り返す。


アレルは──振り返らなかった。


前だけを見据えたまま、強く、真っ直ぐに進む。


旅の目的は二つ。


ひとつは、 エルフの子に母を会わせること。


そしてもうひとつは──


まだ誰も知らぬ大いなる運命へ向かうこと。




馬車は風を切り、 勇者一行は次の大地へと走りだした。



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