第24話 やっかいごと



■2-11: やっかいごと


装備が完成するまでの三日間、街では宴が続いていた。

だがその喧騒から離れるようにして、玄太とテスはドッカの街を歩いていた。


陽が落ちかけた城壁の影を抜け、細い路地へ。

整った街並みから遠ざかるにつれて、建物は傾き、臭気が漂い、笑い声は消えていく。


そこは――スラム。


テスが低く呟く。


「……こういう場所は何処にもあるんじゃのう」


玄太は表情を変えず前を歩く。

やがて、道端で蹲る小さな影の横に立ち止まった。


汚れた布をかぶり、震えた小さな子ども。


玄太はしゃがみ、優しくもどこか試すような声で問いかける。


「……母さんに会いたくないか?」


子どもの肩が震えた。

顔を上げた瞳は恐怖と希望で揺れている。


「……っ……ヒッ……!……!」


堰を切ったように涙が溢れ、子どもは玄太の服を掴んだ。


テスは目を細め、小さく頷く。


玄太は子どもの頭を軽く撫でて言った。


「人間が怖いかもしれんが――

 ほら、俺は猫に愛される人間だ。大丈夫だ。ついてこい」


その言葉に安心したのか、子どもは頷きながら玄太の後ろに隠れた。

テスはわざとらしく胸を張る。


「うむ。ワシは人選には厳しいぞ? ワシが懐くやつは信じていい」


その帰り道、玄太は数人のドワーフ労働者に声をかける。


「悪い。子ども用の服を手ごろなものでいいから頼む。

 宿に届けてくれ。代金はカザトにつけとけ」


「了解した!」

「任せとけよ人間!」


宴の喧騒へと戻る道すがら、テスが横目で玄太を見る。


「……お主、ほんに“厄介事”が好きじゃな」


玄太は肩をすくめる。


「見捨てられるってのは思ったより辛れぇんだよ」



宿に戻ると、食堂ではアレルがドワーフの酒盛りにつきあわされていた。

テーブルに皿と酒瓶を積み上げ、困り顔。


玄太が子どもを連れて入ると、アレルが眉をひそめた。


「……おいゲンタ、それは?」


テスが呆れ半分、誇らしげに答える。


「見ての通りじゃ。拾ってきた」


アレルはしばらく固まってから――頭をかく。


「……なぁ?……ゲンタ……」


だが子どもが怯えてアレルの服の裾を握ると、アレルはすぐに態度を変えた。


「お、おお…大丈夫、大丈夫だ!怖くない!

 ほら、ご飯もあるぞ!うまいぞ!」


無駄に勇者は慌てる。




その夜、その子はゲンタと風呂って、髪をとかれ、

急ぎ用意した小さな服を着た。


そして――


綺麗にしたその姿を見た瞬間、沈黙が落ちた。


アレルが呆然と呟く。


「……綺麗な耳、エルフか…」


透き通る白肌。

整いすぎた顔立ちに、尖った長い耳。


――エルフの子ども。


テスが低く言う。


「……こやつ、隠されておったのじゃ。

 ドワーフのスラムにエルフの子……察するに、色々あったのう」


アレルは震える子どもの肩にそっと上着を掛けた。


「大丈夫だ。ここじゃ誰もお前を傷つけない」


玄太も優しく言う。


「もう一度会わせてやる。母さんにな」


エルフの子どもは泣きながら玄太に抱きついた。





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