第2話
王城の広間には世界の有力者たちが集っていた。
王族、聖職者、諸侯、魔術師――人間社会の柱となる者たちが、勇者の帰還を待ち望んでいた。
その時、広間の扉が開き、光に包まれた影が現れた。
勇者の姿をした魔王と、その仲間たち。
だがそれは魔王の魔術による幻影だった。
その幻影はただの姿形を真似るものではない。
勇者の灰が、魔王の魔力に触れたことで自然に混ざり込み、
聖なる力の残滓までも巧みに織り込んでしまっていた。
魔王自身も、灰がここまで強く作用するとは知るはずもなく、
だが結果として、その微かな光は神の創造物であった勇者の証となり、人間の感覚では決して見破れぬほど、精緻な幻影を形作りあげていた。
王族も聖職者も、魔術師でさえも疑うことはなかった。
彼らの目に映るのは「勇者そのもの」であり、
心に響く声は「勇者の言葉」であった。
だからこそ、誰一人として真実に辿り着くことはできなかった。
人々は歓声を上げた。
「勇者だ!生きていたのか!」
「神は我らを見捨てていなかった!」
魔王は熱狂する群衆を見渡し、
その目に浮かぶのは冷たい諦観だった。
歓声は大きい。だが、そのどれもが軽い。
彼らは勇者の本当の姿を知らない。知ろうとも思わなかったのか。
ただ都合よく信じたいものを信じているだけだ。
魔王は静かに息を吐く。
熱狂の中で、勇者の姿をした魔王は静かに手を掲げ
「……聞け。勇者の聖なる力は、もはやこの身にはない。」
広間はざわめいた。
「どういうことだ……?」
「聖なる力が失われた……?」
勇者の姿をした魔王は静かに告げる
「聖なる力は強大であった。未来をも脅かすほどに。
だが魔王を打つその瞬間、全て消え去った。
この身には、もはや力は残っていない」
その言葉に人々は安堵しかけた。だが同時に、別の恐れが胸を締めつけた。
勇者の力を密かに恐れていた者たち――
王族の一部、聖職者の中の高位者、そして権力を握る諸侯たち。
彼らの胸を締めつけたのは、安堵ではなく、むしろ不安なのだ
――本当に力は失われたのか?
――もし残っているなら、未来を脅かすのではないか?
静かな危機感を代弁するように、聖職者が一歩前に出る
「ならば証を示せ。闇の石に触れよ。
聖なる者ならば浄化される。だが力を失った者は呪われるはずだ」
広間の中央に据えられた黒い石――古来より「呪いの石」と呼ばれ、闇の力を宿すと伝えられていて
それは疑いではなく、未来を守るための確認だった。
人々の不安を鎮めるために、聖職者は儀式として「証」を求めたのである。
有力者たちの視線が一斉に勇者へと注がれ、
偽りの勇者は呪われた石に手を置いた。
瞬間、皮膚が焼けただれたかのように、赤い痕が浮かぶ。
広間に息を呑む音が広がり、悲鳴に近い声も混じったが、誰もその痕を直視しようとはせず、
恐怖に後ずさる者もいれば、顔を青ざめている者もいた。
だがその一方で、王と臣下たちは安堵の色を浮かべ、
悲鳴と安堵が入り混じり、広間の空気は不自然に染まっていく。
まるで場そのものが、真実を測りかねているかのように。
「……勇者は脅威ではない。勇者はただ、人を導く者だ。」
その安堵を見つめながら、魔王は胸の奥で、灰の重さを思い出した。
勇者は未来を守るために命を捨てた。
脅威と見なされることを恐れ、力をすべて魔王にぶつけて消えた。
――やはり、お前の危惧は当たっていたようだ。
それでも……お前は未来を守りたかったのか。
俺には理解できぬ。だが、お前はそう選んだ。
広間の人々は安堵し、勇者の力を恐れることはなくなった。
だが真実を知る者は魔王ただ一人。
勇者の死は隠され、勇者の未来は守られ
有力者たちは互いに顔を見合わせ、やがて頷く
「勇者は使命を果たし、神の力を失ったのだ。」
「これからは人の知恵で未来を築くのだ。」
その演出は完璧だった。
だが実際には、呪いの影は魔王の魔術による幻影にすぎず、彼自身は無傷
魔王は心の奥で呟く
――これでよい。勇者の問いを背負うために、偽りの勇者を演じる。魔王のままでは世界を作り替えることはできぬ。
だが勇者ならば、人々は未来を信じるだろう。
こうして「聖なる力を失った勇者」が世界を導くという新たな物語が始まった。
その嘘と演出は、やがて神話となり、未来を形作る礎となった。
人々は「勇者は魔王を退け、聖なる力を失った」と信じた。
その物語は瞬く間に広がり、世界を覆う神話となった。
魔族が退いたとされる戦場には、なお黒い染みが残っていて
それは、魔族の血が地上に落ちた痕であり、放置すれば命の循環を蝕む毒となる。
魔王はそれを知っていた。
だからこそ、誰にも気づかれぬよう戦場に赴き、
魔族の血が残した穢れを、勇者の灰で静かに浄化し、
乱れかけた世界の流れを整えていく。
世界を回る旅の途中、勇者の姿をした魔王は、小さな集落に立ち寄った。
村人たちは勇者の訪れに気づくと、驚きと喜びの声を上げて迎えた。
「勇者さまが……!」
「本当に戻ってきてくださったのか!」
魔王はその熱を静かに受け止めながら、
勇者が生前に見ていた“人々の未来”を思い出していた。
争いのない村で、子どもたちが泥だらけになって遊び、
大人たちは収穫を分け合い、
夜には皆で火を囲んで歌う、
そんな愚直なほど平凡な明日
魔王は、その光景を思い出し、胸の奥がわずかに痛む
記憶ではない。
勇者の灰に宿った“問い”と“願い”が、
魔王の中に静かに流れ込んでいたからだ。
だが、勇者が見ようとしていた明日だけは、
灰の残滓となって魔王の胸に残っていた。
やがて、ひとりの母が震える手で子を抱きしめながら近づいてきた。
「勇者さま……どうか、この子を……」
子供は高熱にうなされ、息も浅い。
魔王は胸の奥で、勇者の灰の重さを思い出す
――これは、問いのための旅だ。
「……灰が必要だな」
魔王は静かに腕を持ち上げると、何の前触れもなく皮膚が裂けた。
音もなく、刃もなく、ただ勇者の腕が勝手に割れたように見えた。
実際には、魔王が指先に集めた魔力が細い刃となり、
人間の目には映らぬ速さで皮膚を裂いただけだった。
だが村人たちには、その理など分かるはずもない。
「え……?」
「な、何が……?」
村人たちは理解できず、母親は子を抱きしめて後ずさる。
だが次の瞬間、こぼれた黒い血が白い光に包まれ、
細かな灰へと変わっていった。
魔王は静かに灰を差し出した。
「……これを、水に混ぜて飲ませるといい」
母は深く頭を下げ、急いで家へ戻っていった。
残された村人たちは、勇者の腕が裂けた瞬間の光景を思い出しながら、
恐る恐る魔王を見つめていた。
「ゆ、勇者さま……その灰は……いったい……?」
問いかけは最後まで言葉にならなかった。
恐怖と畏怖が喉を塞ぎ、誰も真実を聞く勇気を持てなかった。
その沈黙を破ったのは、年配の男
「灰に……どんな効果が……?」
震える声だった。
怖れよりも、子を思う母の必死さに胸を打たれたのかもしれない。
魔王は短く答える
「……命をつなぐだけだ」
病が治るとも、救われるとも言わない。
だが否定もしない。
その曖昧さが、村人たちの胸に“奇跡”という言葉を生んだ。
やがて灰を混ぜ呑んだ子は熱が引き、子供の笑顔が戻ると、家族は涙を流して祈りを捧げた。
魔王が灰を与えたのは、慈悲からではない。
勇者が最後に抱いた問い――共に生きる未来――
その答えを探すため
そのすべてを見届けることこそ、魔王が背負った“勇者の問い”だった。
海を越えた大陸の町では、勇者の来訪を聞きつけた人々が広場に集まり
その姿を見た者たちは、歓声を上げる者、涙を流す者、言葉を失う者と、反応はさまざまだった。
「本当に……勇者さまが……」
「噂は本当だったのか……」
「加護を……どうか加護を……!」
魔王は群衆の視線を受けながら、静かに広場へと歩みを進めた。
人々は道を開け、祈るように頭を垂れる者もいれば、
恐れに震えながら後ずさる者もいた。
中央には、黒く濁った泉がある。
かつては清らかな水を湛えていたが、
魔族と人間の攻防が続いたこの地では、
大地そのものが疲弊し、泉は黒く濁ってしまい、
今では病を運ぶ“穢れの泉”として恐れられていた。
「勇者さま……どうか、この泉を……」
町の長だと思われる男が頭を下げる。
魔王は静かに歩み寄り、濁った水面を見つめた。
「……灰が必要だ」
その言葉に、群衆がざわめく。
魔王が腕を持ち上げた瞬間、光が走った。
何が起きたのか、誰にも分からない。
ただ、勇者の腕が裂けたように“見えた”。
こぼれた黒い血は白い光に包まれ、細かな灰へと変わり
その灰が泉へと落ちる
次の瞬間、濁った水が静かに波紋を描き、澄み渡り
黒い穢れが底へ沈み、透明な水が広がってゆく
「……浄化された……」
「勇者さまが……泉を救った……!」
誰かが震える声で呟いた。
その言葉が、火種となった。
祈りは町から大陸へ、大陸から海の向こうへと広がっていく。
誤解は、もはや誤解ではなく“確信”へと変わり始めていた。
畑では灰が土に混ぜられ、芽吹いた苗が風に揺れていた。
それは魔王が与えた灰ではない。
前の村で起きた“奇跡”の噂が広がり、
農民たちが炉の灰を「勇者の加護」として畑に混ぜ始めたのだ。
ただの灰が、いつの間にか豊穣を願う祈りとなり、
祈りが新たな風習へと変わっていく。
「勇者さまの灰を混ぜれば、作物が育つらしい」
「この大陸でも、加護を受けられるのだと……」
誰かがそう言い出しただけの行為が、
いつの間にか“勇者の教え”として語られ始めていた。
魔王は遠くからその光景を見つめていた。
自分が与えていない灰が、祈りとなり、風習となり、
世界を静かに変え始めている。
(……誤解は、こうして形を持つのか)
風に揺れる苗の音が、どこか祈りのように聞こえた。
魔王は静かにその光景を見つめた。
農夫は空を仰ぎ、「勇者の灰が土地を守っている」と呟いた。
灰はただの残滓ではなかった。
それは病を癒し、争いを鎮め、土地を肥やし、
人々の涙と祈りを未来へと繋ぐ象徴となった。
別の村では、水源を巡って互いに刃を向け合った者たちがいた。
だが祭壇に置かれた灰に祈りを捧げていたそのとき、
空が低く鳴り、ぽつりと冷たい雨が落ちてきた。
「……雨だ……」
「勇者さまが、応えてくださった……!」
怒声は消え、刃は下ろされ、
やがて互いに手を取り合い、川を分け合う約束が交わされた。
魔王はその光景を遠くから見つめていた。
(……偶然か、祈りの力か。だが、人が変わるのなら、それでいい)
町では鉱山の独占権を巡って、商人たちが利権を巡って怒号を上げ、ついに拳を振るい始めていた。
倒れた荷車の上で二人が組み合い、地面には割れた瓶や散らばった鉱石の袋を奪い合い、怒号が通りを満たしていた。
誰かの拳が誰かの頬を打ち、鈍い音が通りに響いた。
「鉱脈はうちの商会のものだ!」
「ふざけるな、先に契約したのはこっちだ!」
周囲の者たちは止めることもできず、ただ混乱を見守るしかなかった。
その場に灰が撒かれると、不思議な静けさが広がった。
振り上げられた拳が宙で止まり、掴み合っていた手がゆっくりと離れていく。
怒号は途切れ、通りには奇妙なほどの静寂が落ちた。
「いいかげんにおし!」
沈黙を破ったのは、近くの店のおかみさんだった。
腰に手を当て、商人たちを睨みつける。
「子どもたちの前でみっともないよ。
勇者様がくれた未来のために、あんたら頑張るんじゃなかったのかい」
商人たちは気まずそうに目をそらし、散らばった荷物を拾い始めた。
彼らは言葉を失い、やがて沈黙の中で契約を結んだ。
灰が舞う通りには、ようやく落ち着いた息づかいが戻っていく。
(……勇者は、人間のために命を懸けた。
その生き様が、人々を変えている。
……勇者の灰ではない。だが、人々はそこに勇者を見ている)
魔王は静かにその光景を見つめていた。
とある家では、遺産を巡って兄弟が争っていた。
怒号が飛び交い、母が大切にしていた古びた木箱を、互いに奪い合っていた。
「お前なんか、母さんが死んだときだって顔も出さなかったくせに!
今さら遺産だけ持っていく気か!」
「黙れよ! 働きづめで家を支えてきたのは俺だろう!
母さんだって、それを分かってたはずだ!」
「じゃあ、この箱はどうだ! 母さんが最後まで手放さなかったんだぞ!お前に渡してたまるか!」
「ふざけるな、母さんは俺にも――」
そのとき、執事がそっと歩み寄り、箱の上に灰を振りかけた。
ふわりと舞う灰が光を受けて揺れる。
「……奥様は、こんな争いを望んではおりませんでした。あの方は、どちらも不器用で、どちらも優しい子だと……いつも」
その一言に、兄弟の動きが止まった。
古びた木箱を奪い合う兄弟の手が震えていた。
箱の中には、母が夜なべして縫った刺繍袋が二つ入っている。
兄には「しっかり者のあなたへ」
弟には「あなたはあなたのままでいい」
と書かれた小さな紙が添えられていた。
幼い日の雨の日、雷が怖いと二人とも泣き、母に抱き寄せられた記憶が胸に溢れる。
「……母さん……」
涙が頬を伝え、兄弟は互いに抱き合った。
争いは静かに終わりを告げた。
兄弟が互いに抱き合い、涙を流すのを、
魔王は遠くから静かに見つめていた。
争いの気配を感じ取り、影に溶けるように姿を隠して
この家の前まで来ていたのだ。
――……灰はただの灰だ。だが、人はそこに母を見ている
魔王の胸の奥で、勇者の問いが微かに疼いた。
――人は、こうして過去を抱きしめ、未来へ進むのか
魔王は静かに踵を返し、家を後にした。
こうした噂は人から人へと広がり、やがて一つの形を作っていく。
人々は灰を囲み、歌を口ずさみ、踊りを舞い、祈りを捧げるようになり、それは「灰の祭り」と呼ばれ、季節ごとに村や町を彩る習わしとなった。
勇者の名は歌に変わり、祈りに変わり、未来を守る象徴となった。
魔王は各地の小さな「見守りの宴」を自然と巡回していく事となる。
勇者の姿をした魔王は、焚き火の前に座り、人々の話を聞くだけの夜を増やしていった。
村人たちは恐る恐る口を開き、やがて素朴な悩みを語り始めた。
「病の子が、どうか明日を迎えられますように……」
「畑が荒れぬよう、灰を分けていただきたい」
「争いを避けたい。隣村と手を取り合えるだろうか」
魔王は勇者の姿のまま、ただ静かに耳を傾けた。
時に短く言葉を返す。
「祈りは力となる。」
「沈黙もまた守りとなる。」
その言葉は解決ではなく、心を支える象徴となった。
焚き火の炎が揺れるたび、人々の声は祈りへと変わり、
やがてその夜は「見守りの宴」と呼ばれるようになった。
争いが起きた村では、即罰や血の償いではなく「沈黙の月」を与えた。
その者は一月の間、歌を禁じられる。
歌は村の日常そのものだった。
畑を耕すときは労働歌が響き、子を寝かしつけるときは子守歌が揺れ、祭りの夜には祈りの歌が村を包んだ。
だから歌を失うことは、共同体から切り離されることを意味した。
宴で歌を重ねることも許されず、祈りの場ではただ沈黙を守るしかない。
その孤独は牢よりも重く、心を締めつける罰となった。
一月の沈黙を経た者は、二度と争いを起こそうとはしなかった。
歌を失う痛みこそが、争いの芽を小さく摘み取る力となったのだ。
やがて人々は「誓い札」を編み飾りに変え、季節ごとに新しい紐を結んだ。
争いの芽は、ほんの些細なことから生まれる。
水の分け方、畑の境界、言葉の行き違い――小さな不満が積もれば、大きな争いへと育ってしまう。
だから人々は、あらかじめ「誓い」を結び、互いに守るべき約束を形にした。
札に編まれた紐は、季節ごとの誓いを示す。
春先、村では種籾が不足し、
二つの家が互いに「相手が多く持っている」と疑い合っていた。
畑の境界で言い争いが始まり、
ついには家族同士が背を向けるほど険悪になった。
そのとき、村の子どもが泣きながら言った。
「母ちゃん……うちの畑、種がないなら……
隣の畑の芽を半分こにすればいいじゃないか……」
大人たちは呆れたように笑ったが、
その言葉が胸に刺さった。
翌朝、二つの家は互いに種を分け合い、
畑には均等に芽が並んだ。
その年の収穫は不思議と豊かで、
村人たちは言った。
「春は、種を分け合う季節だ」
魔王は遠くからその光景を見ていた。
――……争いは、子どもの一言でほどけるのか
胸の奥で、勇者の問いが微かに疼いた。
夏の干ばつの年、
村の井戸は底をつき、
川の水を巡って争いが起きた。
「上流の村が水を奪っている!」
「下流の村が勝手に堰を作った!」
怒号が飛び交い、
ついに武器を手にする者まで現れた。
そのとき、突然の夕立が降った。
村人たちは雨に打たれながら、
互いの顔を見て、ふと気づいた。
「……空の水は、誰のものでもない」
その夜、両方の村の長が集まり、
川に小さな木札を流した。
「夏は、水を分け合う」
魔王は雨の中でその光景を見ていた。
――……偶然か、祈りか。だが、人が変わるならそれでいい
ある年、ひとつの家の畑だけが病に侵され、
収穫がほとんど得られなかった。
その家の子どもは泣きながら言った。
「うちは冬を越せない……」
その声を聞いた隣家の老人が、
自分の収穫袋を半分に裂き、
片方をそっとその家の前に置いた。
翌朝、村中の家の前に、
同じように裂かれた袋が置かれていた。
「秋は、収穫を分け合う」
魔王はその袋の山を見て、
胸の奥で勇者の問いを思い出した。
――……人は、こうして未来を守るのか
冬の嵐の夜、
一軒の家が倒れ、炉の火が消えた。
寒さで震える家族を見て、
隣家の者が自分の家の火を持ってきた。
だが風が強く、火はすぐに消えてしまう。
そのとき、村中の家が戸を開け、
それぞれが小さな火を持ち寄った。
十数の火が一つに集まり、
大きな炎となって家族を温めた。
その夜、村人たちは言った。
「冬は、火を分け合う」
魔王は遠くの丘からその炎を見つめていた。
――……勇者が見たかった未来は、こういう夜だったのか?
誓い札は争いを防ぐための祈りであり、互いを結ぶ絆の証だった。
こうして誓い札は村の梁に飾られ、歌と祈りと共に人々の生活を守るものとなった。
春は緑、夏は青、秋は琥珀、冬は白。
結び目が増えるほど「守りが増す」と信じられ、家々の梁は色とりどりに染まっていった。
そして一世代が過ぎた頃、魔王は年に一度だけ「勇者」として姿を見せた。
祭壇に立ち、たった一つだけ新しい結び目を教える。
「今年は火の結び。火は囲み、分け、放たない。」
火の結びが広まったその年、山火事は極端に減り、火の結びは翌年から各地の常札に加わった。
人々は「勇者が新しい誓いを授けてくださった」と信じ、歌にし、祈りに変えた。
魔王は群衆の目に映る「勇者」の光の中で、灰の重さを忘れなかった。
嘘は続く。だが、その嘘は世界を少しだけ穏やかにした。
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