第1章 第9話 ユナの道具棚と未来への予感
ギルドでクズ発条石をまとめて引き取ったあと、ギユウは新宿へ向かった。
目的地は、雑居ビルの地下一階にある探検道具専門店――「ユナの道具棚」。
地上では、都市上空に浮かぶ巨大構造体の影が、ゆっくりと通りを横切っていく。
人工重力によって歪められた光が、ビルの壁面に奇妙な縞を落としていた。
――この街も、十分おかしな場所やのにな。
そんなことを思いながら、地下への階段を降りる。
扉を開けた瞬間、鼻を打つのは金属と薬品、そして古代木材が混ざり合った独特の匂いだった。
ここは、遺跡帰りの探検家や修復屋が、最後に立ち寄る場所だ。
「いらっしゃい、ギユウ」
カウンター奥で工具の刃を磨いていたユナが、顔を上げる。
短く切った髪と、相変わらず鋭い目つき。だが、その視線はすぐにギユウの腕に向けられた。
「……えらい重そうなの抱えとるやんか」
「まあな。ちょい見てほしいモンがあって」
ギユウは木箱を下ろし、端末を操作して画像を表示した。
祖母の蔵から見つけた小型ロボット――頭部と胴体、そして継ぎ足した四肢。
ユナは黙って画面を覗き込み、数秒後、低く息を吐いた。
「……なるほどな。これは、厄介や」
「やっぱり分かる?」
「分かるわ。墨脈が細すぎる。しかも古い。外から力かけたら、簡単に割れる」
ギユウは頷いた。
まさにそこが、彼の最大の悩みだった。
「電力も発条石も、まともに流せへん。解析の途中で壊れそうで、手が止まる」
ユナはしばらく考え込み、やがて店の奥へ歩いていった。
棚の一つを開け、慎重に箱を取り出す。
「……あんたのやり方は知ってる。力技で繋いで、後から辻褄合わせるタイプやろ」
「否定はせえへんな」
苦笑すると、ユナは二つの素材をカウンターに置いた。
一つは、粘度の高い透明な接着剤。
もう一つは、髪の毛ほどの太さしかない極細の銅線だった。
「これが、古代木材用の補強剤。墨脈のヒビを埋めるだけやなくて、木部そのものを強化する」
次に銅線を指でつまみ、軽く揺らす。
「こっちはノイズ防止用。エネルギーを通すんやなくて、回路を物理的に守る帯や。外部から触る場所に巻くとええ」
その説明を聞いた瞬間、ギユウの胸がじわりと熱を帯びた。
これがあれば、現代機器との接続で、致命的な破損を避けられる。
「……これ、ほんま助かるわ」
「せやろ。あんたが一番壊しやすいタイプやからな」
ユナは、工具を軽く叩いて笑った。
「クズ発条石もな、遠慮せんでええ。粉になるまで使え。壊すんやなくて、限界を見極めるんや」
その言葉に、ギユウは深く頷いた。
理屈よりも経験を信じる。
それは、彼自身のやり方でもあった。
礼を言い、素材を抱えて店を出る。
胸の奥で、理論と期待が静かに絡み合っていく。
帰宅すると、ギユウは休む間もなく作業に入った。
まずは補強だ。
ユナにもらった接着剤を、墨脈回路の細い部分に極薄く塗り込む。
銅線を、触れる頻度の高い箇所へ丁寧に巻きつけていく。
慎重な作業。
一歩間違えれば、すべてが終わる。
補強が終わると、変換ケーブルを露出した墨脈回路へ接続する。
現代電力と、クズ発条石が放つ不揃いな古代波長。
両方を同時に流し、ぶつける。
完全な同調ではなく、そのズレの隙間を狙う。
――そこで、誤作動が起きるかもしれん。
机の上には、砕かれたクズ石の残骸が山のように積まれている。
ギユウは、最も劣化した小片を選び、受け皿へ落とした。
通電。
……沈黙。
何度も条件を変え、波長をずらし、順序を入れ替える。
だが、結果は同じだった。
墨脈回路は、完全に無反応。
最後のクズ石を使い切ったところで、ギユウはすべての電源を落とした。
ファンの音が止み、室内が一気に静まる。
「……今日は、ここまでや」
椅子からずり落ち、床に横になる。
小型ロボットは、ケーブルに繋がれたまま、彼の頭のすぐそばに置かれていた。
ノートPCの画面には、解析不能の回路図と、実験中に検出された微弱な生体電気の波形が並んでいる。
ギユウ自身の指先から漏れたものだ。
毛細血管のような、頼りない線。
その光景を最後に、意識が暗く沈んでいった。
――――
暗い部屋。
ロボットは、相変わらず動かない。
だが、その時。
木製フレームの奥、丸い目の内部に、ほんの一点だけ光が灯った。
エネルギーとは呼べない。
反応と呼ぶには、あまりに微細。
しかし、それは確かに衝動だった。
墨脈回路の奥へと、ふっと広がり、接続されたケーブルを伝って、ノートPCへ流れ込む。
空気が、一瞬だけ震えた。
極低温の静電気が、肌をかすめるような感覚。
次元の皮膜が、わずかに擦れた痕跡。
光はすぐに消えた。
だがその小さな未知は、眠るギユウのすぐそばで、確実に芽吹き始めていた。
未来へと繋がる、微かな兆しとして。
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