第1章 第8話 継ぎ足しの日々とギルド相談
熱を帯びた精密機械の油臭さが、まず鼻腔を刺した。
次いで、棚に積まれた発条石から立ち上る、湿った古木の匂いが遅れて追いついてくる。
ギユウの東京の自室。
現代の機械と古代のカラクリが、互いに譲らぬまま同じ空間を占拠しているこの部屋で、彼はここ数日、ほとんど同じ姿勢のまま過ごしていた。
机の中央には、小型ロボット。
正確には、もはや「小型」とは言い切れない姿になっている。
発条石による起動。
現代機器による解析。
電力、振動、磁気、周波数――思いつく限りの手段はすべて試した。
結果は、すべて同じだった。
完全な沈黙。
この木塊は、ギユウの知識も経験も、頑なに受け付けない。
「あかん……完全に煮詰まっとる」
椅子を軋ませ、天井を仰ぐ。
思考を続けても、同じ場所をぐるぐる回るだけだと分かっていた。
――動かへんのやったら。
ふと、別の方向に意識が逸れる。
どうせ動かないなら、せめて気になっていた部分に手を入れよう。
視線が、ロボットの短すぎる手足に落ちた。
頭部と胴体の完成度に比べて、あまりに貧相だ。造り手の意図か、あるいは未完成か。そのどちらにせよ、このバランスの悪さが気になって仕方なかった。
ギユウは足元のジャンク箱を引き寄せる。
金属は避けた。相性が悪いのは、もう嫌というほど分かっている。
選んだのは、古代木材の端材だった。
色も硬さも年輪もバラバラな破片。焦げ茶、くすんだ赤、日焼けした薄色。それらを一本一本手に取り、削り、組み合わせ、慎重に継いでいく。
作業は無心だった。
思考は止まり、手だけが動く。こういう時間は、久しぶりだった。
数時間後、机の上には別物の姿があった。
身長は一メートル弱まで伸び、長い手足が胴体を支えている。
頭部と胴体は、相変わらず至高だった。
飴色の木肌に、緻密で流麗な墨脈回路。眺めているだけで、思考が深く沈む。
一方、四肢はひどいものだった。
継ぎ接ぎだらけの寄せ木細工。節目も色ムラも隠そうとしない、泥臭い構造。
美しい頭脳に、無骨な身体。
不格好で、歪で、だからこそ奇妙な存在感があった。
「……なんやこれ」
思わず、声が漏れる。
決して完成度は高くない。だが、なぜか目が離せなかった。
――生き物みたいや。
そう感じた瞬間、自分でも少し驚いた。
だが、どれだけ姿を整えても、相棒は一切動かない。
沈黙は続く。
限界を感じたギユウは、端末に画像データをまとめ、久々に部屋を出た。
目的地は、探検家ギルドの工房だった。
工房に足を踏み入れた瞬間、空気が変わる。
金属灯に反射した発条石の粉塵が、視界の端で細かく舞っていた。
「――っスー」
大きく息を吸い込む音。
聞き覚えのある、独特の間。
「いらっしゃい、ギユウ君!」
受付の風巻紗羽――サワが、満面の笑みでこちらを見ていた。
吸い込んだ空気を、そのまま笑顔に変えて吐き出すような、いつもの調子だ。
「久しぶりじゃない! 田舎の蔵整理、どうだったの? すっごいお宝出たって噂、回ってきてるけど?」
身を乗り出すサワに、ギユウは苦笑しつつ端末を差し出す。
「お宝かどうかは微妙やな。ただ、これを見つけただけや」
画面に映し出されたロボットの姿を見た瞬間、サワは吹き出した。
「なにこれ! 頭でっかちで、手足が継ぎ接ぎだらけ! 変なの!」
だがすぐに、少し表情が変わる。
「……でも、なんか憎めない顔してるね」
「そやろ。でも全然動かん。完全に沈黙や」
「うわ、それは重症。……あ、シズネなら奥にいるよ。今日は機嫌、悪くないはず」
その一言に、ギユウは小さく息を吐いた。
「助かるわ」と礼を言い、奥の工房へ進む。
作業台に向かっていたシズネに端末を見せた瞬間、彼女の手が止まった。
精密ドライバーで、作業マットをトントンと叩く。興味を持った時の癖だ。
「……何それ」
低い声。
視線は、完全に画面に釘付けになっている。
「頭部の墨脈は国宝級。なのに手足はゴミの塔。あんた、これ本気で動くと思ってるの?」
「思ってるから来たんや。発条石も解析も、全部ダメやった」
説明を聞き終えたシズネは、短く首を振った。
「聞いたことないわ。発条石を完全に無視するカラクリなんて」
「この頭部、壊れてる可能性もある。眠ってるんじゃなくて、死んでるのかも」
その言葉に、胸の奥が少し冷える。
ギユウは無言で端末を閉じた。
――ここでも、壁か。
重たい息を吐き、工房を後にする。
物販コーナーの隅で、ハクトが在庫整理をしていた。
声をかけると、彼は端末の画面を一瞥し、すぐに目を細めた。
「……動かんか。その墨脈、線が細すぎるな。栄養失調の血管みたいだ」
その比喩に、ギユウの思考が引っかかる。
「栄養失調……」
壊れているのではない。
ただ、飢えているだけ。
そう考えると、胸の奥に奇妙な納得が広がった。
正しいエネルギーを、与えられていないだけかもしれない。
ハクトは足元の木箱を指差した。
「それより、これどうだ。在庫処分のクズ発条石」
箱の中には、砕け、欠け、ヒビだらけの石が山のように積まれていた。
どれも出力不足で、正規品としては使い物にならない。
だが、その断面から漏れる淡い光は、不揃いで、不安定で、それでも確かに生きていた。
「誰も買わん。キロ売りだ」
ギユウはしゃがみ込み、その光の残骸を見つめる。
正規の石はダメだった。
電力も、理論も、すべて拒絶された。
なら、この雑多で不均一なエネルギーなら?
脳裏で、火花が散った。
栄養失調の身体に、高級料理は毒だ。
必要なのは、もっと泥臭くて、噛み砕きやすい餌かもしれない。
ギユウは顔を上げ、財布を取り出した。
「ハクトさん。これ、全部もらうわ」
理屈ではない。
だが直感が、はっきりと告げていた。
このクズの山の中にこそ、
相棒を目覚めさせる鍵が埋もれている。
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