第1章 第4話 本家とガラクタいじり
ギルドでの一日を終えた夜、ギユウの端末に祖母からの短い連絡が届いた。
「蔵の整理、手伝ってほしい」
それだけの文面なのに、胸の奥がざわりと動いた。
本家の蔵。そこには、幼い頃に何度も潜り込み、怒られ、また潜り込んだ記憶がある。使われなくなった古いカラクリ、用途不明の部品、誰が作ったのかも分からない試作品。今思えば、あれは宝庫だった。
その夜はやたらと目が冴え、まだ暗いうちに家を出た。
始発の新幹線に乗るため、照明の落とされた東京駅に立つ。眠っているようで、どこか唸るような気配を残す巨大な空間だ。
東京での遺跡探索は、常に規律と監視の中にある。
安全管理、手順、報告。理解しているし、必要なことだとも思っている。だが、触れたい瞬間に触れられないもどかしさが、いつもどこかに残る。
その点、本家の蔵は違う。
誰にも止められない。誰にも評価されない。ただ、物と向き合うだけの場所だ。
走り出した新幹線の窓から、風景が流れていく。
線路沿いにはAI制御の光ファイバーが等間隔に敷設され、そのすぐ横を、木製架台に固定された墨脈ケーブルが並走している。巨大なホログラム広告が空に浮かび、その下では発条石駆動の農機が土を返す。隣の区画では太陽光パネルが静かに光を吸い込んでいる。
未来技術と太古のカラクリ。
互いに干渉せず、競いもせず、同じ景色の中に溶け込んでいる。この混在こそが、この世界の日常だった。
ギユウはポケットの中で、小さな発条石を指先で転がした。
ずしりとした重みが、胸の高鳴りを少しだけ鎮める。
「今日は、何が出てくるやろな」
新幹線とバスを乗り継ぎ、昼前に本家へ着く。
縁側では、祖母が変わらない姿で待っていた。
「おお、ぎっちゃん。ほんまに来たんやねぇ。早いこと」
日向の匂いが漂う縁側で茶を飲みながら、他愛もない話が続く。
東京の暮らし、仕事のこと、昔の出来事。
「この前のカラクリ時計、直ったんか?」
「まだやな。構造が意外と込み入っとる」
「そうかいな。でもあんた、そういうの好きやもんな」
祖母は庭の盆栽に目をやり、ぽつりと続けた。
「自然のもんはな、理屈どおりにいかんからええんや。完璧やないから、手ぇ入れる余地がある」
その言葉に、ギユウは小さく息を吸った。
古代カラクリに惹かれる理由を、まるごと肯定された気がした。
一息ついたあと、祖母に断って庭の奥へ向かう。
かつて祖父に体術を教わった鍛錬場だ。今でも基礎だけは欠かさず続けている。
低く構え、ゆっくりと型をなぞる。
手首、肘、肩甲骨。関節を連動させ、力を一点に集める。
「フッ……」
空気を切る音が、静かな庭に落ちる。
体術の感覚は、カラクリを読むときとよく似ている。無駄を削ぎ落とし、最短で構造の芯に触れる。汗が滲む頃、思考が澄み、感覚が研ぎ澄まされていく。
祖母は縁側から、その様子を何も言わずに見ていた。
着替えを済ませ、いよいよ蔵へ向かう。
扉を開けると、薄く埃が舞い、古い布と木の匂いが鼻を突いた。壊れたAI家電や、使われなくなった道具が積まれている。
だが、ギユウの視線は自然と奥へ向かう。
光の届きにくい場所に、古い道具箱と、まとめて放り込まれたカラクリの残骸があった。
木箱の隙間から、鳥型の玩具カラクリが覗いている。
墨脈回路は最低限。素材も安価だ。価値はほとんどない。
「それ、捨てよう思うとったんやけどな」
祖母の声を背に、ギユウはそれを手に取った。
構造は単純だ。単純だから、直せる。
「これ、もらうわ」
即答だった。
「昔からそれやなぁ。ほな、蔵の整理は明日でええ」
その言葉に背中を押されるように、ギユウはガラクタと工具を抱えて客間へ戻った。
ローテーブルを作業台にし、部品を広げる。墨脈木材のほのかな香りが、部屋に満ちる。
歯車を組み直し、摩耗した竹軸を削り、角度を微調整する。
発条石が微かに震え、低い鼓動を返す。
「……ここやない。もう少し」
合わせ目のズレ、溝の深さ、石の温度。
視界が研ぎ澄まされ、時間の感覚が薄れていく。
やがて、鳥型の小さなカラクリが、テーブルの上でかすかに震えた。
世界がどれほど複雑に混ざり合おうと、
ギユウを動かすのは、いつだってこのガラクタの息づかいだった。
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