第1章 第3話 ギルドでの顔ぶれ
浅層遺跡から戻ったギユウは、工具箱を床に置いた瞬間、肩の奥に溜まっていた緊張がふっと抜けるのを感じた。
ハルキとミオも同じように椅子へ腰を下ろす。探検家ギルドの休憩所は、いつ来ても奇妙な安心感がある。地上の街とも、遺跡の内部とも違う、境目の空気だ。
ここは探検家ギルド。
この世界における、遺物の玄関口であり、喉元でもある場所。
表向きは誰でも立ち入れる公共施設で、学生や職人、観光客まで出入りしている。だが奥へ進めば、発条資源局と直結した管理区画があり、遺跡から回収されたものは例外なくここを経由する。
発条石と古代木材で回る都市において、資源の管理は行政よりも古く、そして重い。ギルドの権限が市より強いという歪さを、もはや誰も疑問に思わないほど、世界はそれに慣れ切っていた。
休憩所には、遺跡帰りの探検者たちが吐き出した砂埃の匂いと、古代木材特有のほの甘い香りが混じっている。
ギユウはその空気を胸いっぱいに吸い込み、テーブルに肘をついた。
「……やっぱ、小罠の中、ちゃんと見たかったわ」
ぽつりと零すと、向かいのミオがノートPCを閉じる音がした。
彼女は視線だけをギユウに向ける。
「手順優先。現場での解析は危険度が高い。持ち帰ってからで十分」
淡々とした口調のあと、ほんの一拍置いて続ける。
「ただし。ギユウの興味が無駄だとは思ってない」
それだけ言って、ミオは立ち上がった。
評価とも容認とも取れるその一言に、ギユウは小さく鼻を鳴らす。
「せやろ? あの振動、絶対まだ生きとるで」
「生きてるとか言うな。余計な擬人化は判断を誤らせる」
会話を遮るように、ハルキがコーヒーカップを置いた。
「俺は正直、肝冷えたけどな。ギユウ、お前いつも一線越えそうになる」
少しだけ苦笑して続ける。
「兄貴分として言うとやな。一回でええから、俺の報酬を守る気概を持て」
「はいはい」
軽口を返しながらも、ギユウは分かっている。
自分の衝動が、常にチームのリスクと隣り合わせであることを。
二人がそれぞれの作業に戻ろうとした、その時だった。
「儀右君」
背後から、低く落ち着いた声がかかる。
振り返ると、そこに立っていたのは城間ハクトだった。
ギルドの現場監督。
探検家であり、同時に資源管理の責任者。制服は常にきっちり整えられ、歩くだけで場の空気が引き締まるような人物だ。
「君たちの回収物の中に、判断に迷う欠片がある」
ハクトは書類端末を示しながら続ける。
「修復対象か、素材として解体すべきか。構造を見る目が欲しい。同行してもらえるか」
ギユウの胸の奥が、わずかに跳ねた。
遺跡で断ち切られた好奇心の続きに、触れられるかもしれない。
「行きます」
即答だった。
倉庫区画へ向かう通路を歩きながら、ギユウは何度見ても飽きない光景に目を奪われる。
棚には、分類された遺物が整然と並んでいる。
木にしか定着しない墨脈回路の断片。
発条石のコア。
加工不能な古代木材。
電気でもAIでも完全解析できない異文明の遺産が、最先端都市の基盤を支えている。この矛盾が、この世界では日常だ。
「墨脈回路は木材専用。発条石じゃないと駆動せん。書き換え不可、複製不可……」
思わず呟く。
この不可解さが、ギユウの思考を何度も呼び戻す。
ハクトは一つのケースの前で足を止めた。
「これだ。走り方に違和感がある」
ケースの中には、板状の古代木材。その表面を、墨色の線が蜘蛛の巣のように走っている。
規則的でありながら、どこか噛み合っていない。
ギユウは息を詰める。
指先が疼いた。触れたい衝動が、じわりと湧き上がる。
その時、奥の補修室から、かすかな木の匂いが流れてきた。
ガラス越しに見えるのは、志津音の作業風景だ。
ギルド随一の補修担当。遺物を直す技術者であり、同時に現場対応も担う存在。
特殊ルーペの光が目元を照らし、極細の木製工具が墨脈の断裂部を、ほんのわずかに叩く。
カツ。
澄んだ音が響き、助手が即座に角度を修正する。
彼女の傍らには中距離支援銃が立てかけられていた。今は不要でも、この仕事が常に危険と隣り合わせである証だ。
ギユウはケースに視線を戻す。
遺跡で感じた高揚とは違う。ここにあるのは、静かで、逃げ場のない熱。
古代文明の法則。
ギルドの秩序。
補修者の技術。
それらすべてが、自分を縛りながら、同時に次の扉を示している。
ギユウは深く息を吸った。
この倉庫の奥から、また新しい謎が始まる。
――そう確信しながら、彼は欠片を見つめ続けていた。
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