第1話 異世界転生、未遂。

朝の光が差し込む教室。

黒川智也は、転校初日のホームルームで、すでに疲れていた。


「じゃあ、今日からこのクラスに新しい仲間が加わります。黒川くん、自己紹介をどうぞ〜」


担任の先生の明るい声に促され、智也は前に出る。

教室の空気がざわつく。

「また転校生?」「イケメンじゃん」「でもなんか影ある」

そんな声が耳に入るが、彼は気にしない。慣れている。


「黒川智也です。よろしくお願いします」


簡潔に挨拶を済ませ、指定された席に向かう。

その瞬間、違和感が走った。


自分の机が、ほんの少しだけ浮いている。

床から数センチ、ふわりと。


「……またか」


智也がそっと手を伸ばすと、机はふわっと宙に舞い上がり、

そのまま天井を突き破って、空の彼方へ飛んでいった。


教室が静まり返る。

誰もが口を開けたまま、天井の穴を見上げている。


「……あの、すみません。僕、またやっちゃったみたいです」


智也がそう言うと、担任の先生が硬直した笑顔で頷いた。


「そ、そうね。とりあえず、保健室行こっか。落ち着こうか」


「はい……」


* * *


保健室の前に立つのは、これが何度目だろう。

転校初日から保健室送りになるのは、もはや恒例行事のようなものだった。


ノックをしようとしたそのとき、中からくしゃみが聞こえた。


「くしゅんっ」


小さくて、どこか気の抜けた音。

続いて、窓が開く音がして、誰かが外を覗く気配がした。


智也はふと、保健室の窓を見上げた。

そこには、白衣を着た女性がいた。

長い髪が風に揺れ、眠たげな目で空を見ている。

その姿は、どこか現実離れしていて、けれど妙に落ち着いていた。


彼女は空を見上げたまま、ぽつりと呟いた。


「……あれ?机、飛んでる?」


智也は思わず立ち尽くした。

彼女の声には、驚きも焦りもなかった。

ただ、ちょっと面倒くさそうに、まるで「またか」と言わんばかりの口調だった。


「まあいいか。風、強いしね〜」


そう言って、彼女は窓を閉めた。


智也は、しばらくその場から動けなかった。

あの机は、確かに異常だった。

普通なら大騒ぎになる。

でも、彼女はそれを“風のせい”で片付けた。


「……なんだ、あの人」


不思議な安心感と、得体の知れない違和感。

その両方が、智也の胸に残った。


そして彼は、保健室の扉をノックした。

それが、彼の“転生未遂”な日々の始まりだった。

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