第3話 『私の周遊記』の内容
では、具体的に本書がどのような内容なのか明らかにしてみよう。第1巻巻頭口絵には大きな「函根宮ノ下 奈良屋内於ため」(図10)のスケッチがあり、本書が単なる地球一周旅行ではないことを暗示している。
図10.「函根宮ノ下 奈良屋内於ため」『私の周遊記』の巻頭口絵の原画。Manuscript。
旅行と出版の目的
書名」にGeological and other notesと付されているように、第一に地質地形調査を目的にしていた。具体的にはキャンベルが1873年に同学会季報で発表した極地氷河説を確認しようと、まず、北アメリカのロッキー山脈一帯を2ヵ月歩き回り、その特異な地形を第1巻の前半で報告し、第2巻の後半に「極地氷河の時期などについてThe Period of Polar Glaciation」(35)という論文集を添えている。ところが、序文にはいくつか別の目的があったことが述べられている。
「今回の目的のひとつは、かつて筆者が荷物と馬と脚とドラゴンを引き連れて移住しようと考えた場所を訪れることだった。1848年以降、もしそれが実行されていたら、過去はどうなっていたのか、どうなっていた可能性があるのか、どうなっていたはずなのか、どうなっていただろうかを判断し、男らしく、イギリス人らしく、正直に、人間らしくそれを実行した旧友を訪ねたいのだ。」(36)
前述したように、18世紀半ばにジャコバイトの反乱軍に手を焼いたイギリス政府はハイランド地方農村のクリアランス(一掃化)を行い、さらに1845年にジャガイモ飢饉が起こると、多くの住民が海外に移住した。ジャガイモ飢饉後、キャンベルも友人知人らと海外に飛び出すことを考えたらしい。結局、彼はそうはせず、1848年に隠居した父親の代わりに、アイラのキャンベル家当主として継母と妹弟の面倒を見ることにした。それから20数年が経ち、海外に出た友人知人が今どうしているのか訪ね、また自分自身の過去の時間を取り戻そうとしたのである。
実際、ジャワとセイロン(現スリランカ)で友人のスコットランド人たちに手厚くもてなされており、彼らが海外に飛び出したキャンベルの親戚や旧友たちなのであろう。このように、キャンベルの世界旅行には、学術的目的以外にかなりノスタルジックな私的目的が含まれていた。そのため、序文から分かるように、本書の中に仲間内だけに通じるジョークや比喩がちりばめられ、科学者向けの首尾一貫した学術書でも、一般読者向けの平易な内容の旅行記でもなく、キャンベルは親戚縁者や友人知人に配るか、あるいは個人的記録にするつもりだったようだ。
構成
本書構成について、まず1874年と1875年の旅は別巻としそれぞれ30章を割り当て、第1巻は356頁、第2巻は323頁あり、合計すると679頁になる。第2巻の後半は「極地氷河の期間The Period of Polar Glaciation」と題する小論文集であり、35編が収められている。両巻合わせて図版が42点あり、17点が日本関係である。スコットランド国立図書館所蔵の手書き日誌には、日本を描いた水彩画は34点、鉛筆スケッチは40点ほどがある。日本に関する記述は第1巻175頁から始まり、第2巻64頁で終わるので、日本部分が計245頁あまり、全体の3分の1以上を占めている。
第1章から60章までの記述は旅程どおりに並べられ、各章には母親や友人に宛てた手紙以外に、旅記録(log)、備忘録(note)、水彩画とスケッチが挿入されている。手紙は相手に何か特別な用件を伝えるものではなく、母親宛の第一信に述べられているように(37)、キャンベル自身が今どこで何をしているのか知らせるためのものであり、帰国後回収することになっていた。母親宛の次に多いのは、時の外務大臣であるグランヴィル・ルーソン・ゴア(第2代グランヴィル伯爵)と結婚していた妹のカスティリア・ロザリンド(Castilia Rosalind)宛である。はじめからこの旅行記を、日記と手紙を軸にまとめることを考えていたのである。
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