第8話

 全て聞き終えてホウガは一言。


「悪いな。嫌な事を思い出させて」


 謝罪の言葉にルリナは苦笑する。


「もう終わった事だから気にしないで」


 それに、と続ける。


「仲間や戦友が死ぬなんて戦場では当然の事よ」


 そんなルリナにホウガは言葉を続ける。


「……仲間が死んでから泣いた?」

「え」

「どうなんだ?」

「泣く暇なんてないわよ。逃げたと思ったらきみが大ピンチよ」

「それもそうか……。じゃあ泣いたら?」

「は?」

「泣けるなら泣いた方が良い。俺は泣けなかったから」

「そんな事を急に言われても……」


 困ってしまうルリナの脳裏に過るのは今はもう居ない友達・仲間との思い出。

 そして、気づく。


(あ、そうか。もう二度と会えないんだ)


 眼を背けていたその事実に気づいてしまった。

 バタバタしていたからこそ悲しむ暇がなかった。

 それを実感すると彼女の頬に涙が伝う。

 そのままポロポロと涙が零れていく。


「な、何これ……」


 どうにか止めようとするが止まらない。

 そんなルリナにホウガはハンカチを渡す。


「……はい」

「いらない」

「え」


 だがそれをルリナは受け取らず席を立つ。

 そしてホウガに近づき彼の胸元に飛び込む。


「……こっちにする」

「……。どうぞ」


 その言葉にルリナは暫く声を押し殺したように泣き続けた。






 ………………

 …………

 ……



 

 



「ありがとう。もう大丈夫」

「そ、そう?」


 眼が真っ赤なのでそうは見えない。

 だが、ルリナは明るく言う。


「じゃあ次はきみの番。そうでしょう?」

「……わかった」


 とは言え弁当と総菜は無くなってしまった。

 なので食後のデザートにする事にする。


「でもその前にお茶を淹れよう」

「手伝うわ」


 ほうじ茶を淹れ、冷蔵庫に入れてあったプリンパフェと桃パフェを出す。

 そうして準備が整ったのでホウガは話を始める。


「じゃあ改めて自己紹介。俺はホウガ。ホヅミ=ホウガ。アデプトを目指している」

「あでぷと?」


 アデプト。探求者とも呼ばれる。

 いわゆる冒険者や探索士であり、人に害を与える危険生物――主に怪物モンスター化物クリーチャー――の討伐、特定個人や民間人の護衛、迷宮ダンジョンやフィーチャーの探索、アイテムやリメインの採集などをおこなう職業である。

 その説明にルリナが疑問を呈する。


「……ねえ。迷宮ダンジョンに潜る人とは違うの?」

「それはダイバーだな。いわゆる潜牢士。全然違う」

「どこが?」

「色々」


 潜牢士ダイバー探求者アデプト

 似ているようで間違える人も多いがかなり違う。


「まずはなる方法。ダイバーは満十二歳からなれる」

「随分と小さい頃からなれるのね」

「ああ。しかも条件も緩い」


 異能を持っている必要はない。

 ここが醤油……じゃなかったミソ。


「軽い講習を受ければライセンスが貰える」

「……軽いわね」

「軽いよ。だって迷宮ダンジョンで手に入るアイテムが欲しいんだもの」


 元々この世界は二十二世紀頃までは科学の世界だった。

 ところがある日、隕石の豪雨が降り注ぎ、天変地異が巻き起こった際に迷宮ダンジョン化物クリーチャーが出現した。

 この日の事を「大事変」と呼ぶ。


 とは言え似たような事態で人類絶滅寸前までいったルリナの世界と違い、こちらはから被害はある程度抑えられたうえに恩恵があったのだ。

 それが迷宮ダンジョンで手に入る宝箱や素材。

 これにより技術革新が起こった。

 バッテリー代わりになる魔力結晶、ほぼ半永久機関のジェネレーター代わりの魔核、特殊な性質を持つ幻想金属、一定温度を保つ布、飲むだけで傷が治る薬が作れる薬草など上げればキリがない。

 だからこそ国は積極的にダイバーになるよう働きかけている。特に異能者アルカニストには。


「だから俺もライセンスはすぐに取った」

「そうなのね。……じゃあアデプトは?」

「こっちは十七歳。仮免なら十五歳」

「仮?」

「ああ。こっちはなる条件が厳しくてな……」


 そう言って指を二本出すホウガ。


「一つが試験を突破する」


 ただし、難しく司法試験に合格する並みの難易度がある。

 そのため、この方法でアデプトになる人は少なく、年に二~三人出れば良い方。一人も出ない年もある。


「もう一つが探求者育成学校を卒業する」 


 こちらが一般的。九割九分はこの方法を使っている。

 勿論入学するのに試験を突破する事が必要だが、入学した時点で仮免は貰える。


「なんでそんなに厳しいの?」


 異世界出身者ルリナの疑問にこの世界生まれこの世界育ちホウガは答える。


「与えられる権利の差だな。例えば武器携帯許可と使用許可の差」

「あ、銃刀法」

「そう」


 ダイバーは武器を鞄などに入れて持ち運ぶ必要があり、迷宮ダンジョンと(一部)フィーチャー以外で使うと注意、悪質な場合は捕まってしまう。

 アデプトは武器を見えるように佩刀する事が可能な上、街中で使っても人を死傷させない限りは捕まらない。


「後は危険な場所への立ち入り許可や生物狩猟許可がアデプトにはある」

「ダイバーにはないの?」

「ない。つーかそもそも迷宮ダンジョンに出て来る怪物は外に居る怪物とノットイコールなんだ」

「え? じゃあ何なの?」

迷宮ダンジョンが作り出した疑似生物とかAIみたいな感じらしいよ」


 迷宮ダンジョン自体が生物である。というか化物クリーチャーかもしれない。

 ただはっきりとした自我はなく言わば植物――食性から食虫植物――に近い。

 人間を宝箱や素材で釣り、侵入した人間を殺して取り込むために輪郭ユニットを作り出す。


「そうなの……」

(ま、偶に怪物モンスター化物クリーチャーが入り込むらしいけど)


 心の中で付け足すホウガ。

 因みに見分ける手段は簡単。殺した後にどうなるかで見分けられる。

 アイテムや素材を残して消えるか、死体がそのまま残るかである。


「俺は育成学校を目指している訳だ」

「……それはどうして?」


 一拍置いてホウガは続ける。


が目指していたから」

「? どうして一人称を変えたの?」


 その問いにホウガはルリナに問いを掛ける。


「この家、一人で住むには妙に広いって思わなかった?」

「思った。しかも……」


 言うのは躊躇われたが言う事にするルリナ。


「家族写真とかがない」

「ああ。は大家族だったんだ」


 父母、父方母方の祖父母、兄弟姉妹の合計十二人の大家族。

 この家は三世帯で広々暮らせるよう建てた物だった。


「それでこの家に入居する当日、交通事故でを残して皆死んだ」

「っ!?」

「その時にも死んだ」

「……どういう事?」

「解離性の記憶障害ってやつ。覚えている事は覚えているんだけど、互いの関係やどういう感情を持っていたかを思い出せない」


 記憶が記録に成り下がってしまった。

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