第21話 公式化と、越えてしまった一線
公式化と、越えてしまった一線
1
大学の発表は、想像より早かった
第二の依頼の配信予定が告知された、
その翌朝。
大学の公式サイトに、
新しいお知らせが掲載された。
「学生の学外配信活動に関する
ガイドラインについて」
由衣(通話越し)が、
即座にURLを送ってくる。
「……来た」
内容は、
驚くほど冷静で、
驚くほど逃げ腰だった。
学生の表現の自由は尊重する
ただし大学名を想起させる表現は禁止
科学的事実と誤解される表現に注意
社会的混乱を招く可能性がある場合、
個別に指導を行う
禁止ではない。
処分でもない。
だが、
完全に“想定している”文章だった。
2
「特定の学生を想定していません」
午後、
学部長名義で
補足文が出る。
「本ガイドラインは
特定の学生や配信者を
想定したものではありません」
その一文が、
一番の答えだった。
由衣は、
少し乾いた声で言った。
「完全に
“あなたがいる前提”だね」
「だろうな」
大学は、
俺を名指ししない。
だが、
無視もしない。
これが、
制度の距離感だ。
3
世間は「大学の動き」を嗅ぎ取る
大学のガイドラインは、
すぐに切り抜かれ、
拡散された。
「大学が動いた=本物では?」
「公式が牽制するレベル」
「もう偶然じゃないだろ」
視聴者の空気が、
明らかに変わる。
今までは、
面白い
不思議
どっちなんだろ
だったものが、
どこまでできる?
どこまで本当?
に変わっていた。
期待が、要求に変わる瞬間だ。
4
配信開始前の異常
第二の依頼当日。
配信開始三十分前。
同接数が、
すでに普段の三倍に達していた。
由衣の声が、
イヤホン越しに硬くなる。
「お兄……
これ、
“待ってる”人が多すぎる」
「分かってる」
コメント欄。
絶対使うよな
今回は逃げられない
ここで証明しろ
“見守る”ではない。
“要求”だ。
5
配信は、検証会場になった
配信開始。
タイトル:
――
「事故が多い場所に行きます
(今日は使います)」
その瞬間、
同接が跳ね上がる。
街の様子。
交差点。
問題の場所。
未来視(微)が、
はっきり反応する。
――
事故が起きる未来。
使わなければ、
確実に誰かが怪我をする。
使うしかない。
6
能力使用と同時に起きた“異変”
主人公は、
念動力を使った。
派手ではない。
ほんの僅か、
自転車の進路を変えただけだ。
事故は起きない。
だが――
配信画面が一瞬だけ歪んだ。
ラグでも、
ノイズでもない。
コメント欄が止まる。
一拍遅れて、
爆発する。
今の見た?
画面歪んだ
何かおかしい
由衣の声が、
一段低くなる。
「……これ、
想定外」
観測者の通知が、
即座に来る。
「因果干渉と
外部観測が
同時発生」
「予測外の
視覚的ノイズを確認」
7
世間が、一線を越える
その瞬間から、
配信の空気が変わった。
今の切り抜け
保存した
拡大する
フレーム単位で見ろ
誰かが言う。
これ、
個人でやることじゃない
“面白がる”を越えた。
“押さえに行く”空気だ。
由衣が、
必死にコメントを整理する。
「……やばい」
「大学、
これ見てる」
分かっている。
8
大学のガイドラインが、意味を変える
翌日。
大学側が、
追加声明を出した。
「学外配信活動において
不測の事態が確認されたため
本学学生は
事前に相談することを
強く推奨します」
推奨。
だが、
事実上の義務だ。
由衣は、
小さく呟いた。
「……囲いに来た」
大学は、
守ろうとしている。
学生を。
大学を。
そして――
責任の所在を。
終章
元に戻れないということ
配信は終わった。
事故は防げた。
だが、
世界は変わった。
大学は正式に動いた
世間は“検証者”になった
観測者は確信に近づいた
自動販売機の表示が、
はっきり変わる。
観測段階:
公的領域突入
秘匿維持:
困難
困難。
初めて出た言葉だった。
俺は、
椅子にもたれた。
由衣が、
通話の向こうで言う。
「……お兄」
「うん」
「もう、
“知らなかった”って
言えないね」
「言えないな」
それでも。
事故は防げた。
誰かが怪我をする未来は、
確実に消えた。
それだけは、
後悔していない。
だが、
世間はもう
一線を越えた。
次は、
守るだけでは済まない。
問い詰められる。
囲われる。
奪われる。
そして、
選択を迫られる。
自動販売機は、
静かに光っている。
まるで、
次のボタンが
最後の安全圏であるかのように。
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