第20話 公的な目と、使わざるを得ない依頼

公的な目と、使わざるを得ない依頼

1

大学は「静かに」動き始める


最初の違和感は、

掲示板の文言だった。


「学外活動に関する

ガイドライン再確認のお願い」


全体向けの文章。

だが、

タイミングが良すぎる。


由衣(通話越し)が言った。


「これ、

“名指ししない名指し”だね」


「だろうな」


大学は、

騒ぎにしたくない。


同時に、

放置もできない。


それが、

一番面倒な状態だ。


2

「公式対応」という言葉の重さ


数日後、

学部事務から

改めてメールが届く。


「個別に

お話を伺いたい件があります」


「指導・処分を

前提とするものではありません」


この一文が付く時点で、

前例がある。


由衣は、

冷静に言った。


「これ、

“ルール作る前の聞き取り”だ」


正しい。


制度はいつも、

後から正当化される。


3

大学が恐れているもの


面談で、

事務側の人間は

こう言った。


「事実かどうかは、

我々の立場では

判断できません」


「ただ、

“そう見える”ことが

問題になる場合があります」


つまり。


超能力が本当かどうか → 問題ではない


そう“信じる人”が出る → 問題


大学は、

現象ではなく影響を

恐れている。


「今後、

大規模な配信や

過激な表現は

控えてもらえると……」


遠回しな要請。


拒否もできる。

だが、

拒否すれば記録に残る。


俺は答えた。


「検討します」


由衣の声が、

イヤホン越しに小さく聞こえた。


「正解」


4

公式対応は、まだ“決まっていない”


面談後。


大学側は、

何も決めていない。


それが、

一番怖い。


規制するか


注意で済ませるか


ルールを新設するか


すべてが、

様子見だ。


そしてその“様子”には、

次の配信も含まれている。


5

第二の依頼は、拒否できない形で来る


その夜。


観測者から、

短く、しかし明確な通知。


「第二の依頼を提示します」


「今回は、

能力使用が前提条件です」


来た。


俺は、

息を吐いた。


6

実地案件の内容(第二)


・場所:

公共施設に近いエリア


・状況:

小規模だが、

繰り返し事故が起きている


・目的:

事故発生率の

有意な変化を確認


・条件:

配信可(強く推奨)


・補足:

使用しなかった場合、

改善は見込めない


最後の一文が、

すべてを物語っていた。


これは選択じゃない。


“使わない”という選択肢が、

事実上、消されている。


7

観測者は、はっきり線を引く


俺は聞いた。


「……これ、

人の安全に関わるな?」


相手は答えた。


「はい」


「じゃあ、

使わなかったら?」


「事故は、

今後も起きます」


淡々とした声。


脅しではない。

事実の提示だ。


由衣が、

通話越しに言った。


「……お兄」


「うん」


「これ、

もう

“配信者”の話じゃない」


分かっている。


8

条件は守られる。だが意味は変わる


観測者は言う。


「あなたの条件は、

すべて有効です」


「使用の強制はありません」


だが同時に。


使わなかった結果も、

あなたの判断として

記録される。


同じことだ。


9

妹は、支える役目を更新する


由衣は、

静かに言った。


「配信、

私が全部見る」


「コメントも、

切り抜きも、

外の反応も」


「大学の動きも、

私が追う」


「お兄は――

“現場”だけ考えて」


それは、

完全に

裏方の宣言だった。


俺は、

少しだけ笑った。


「……負担、

重くないか?」


「重いよ」


即答。


「でも、

それを一人で

背負わせる方が

嫌」


10

公的な目と、現場の目


大学は、

次の配信を見ている。


世間は、

次の“証拠”を待っている。


観測者は、

結果を求めている。


そして俺は。


――

使えば、

全員に影響を与える。


使わなければ、

誰かが怪我をする。


これが、

第二の依頼の正体だ。


終章

選択は、もう個人のものじゃない


自動販売機の表示が、

はっきり変わった。


依頼段階:

介入必須


想定結果:

観測精度、飛躍的向上


飛躍的。


それが、

どれほど危険な言葉か

もう分かっている。


俺は、

配信タイトルを入力する。


――

「事故が多い場所に行きます

(たぶん、使います)」


由衣は、

通話の向こうで深呼吸した。


「……行こう」


大学は、

公式対応を検討している。


世間は、

答えを欲しがっている。


観測者は、

確信に近づいている。


それでも。


俺は、

現場に立つ。


これは、

実験じゃない。


選択だ。


そしてその選択は、

もう

俺一人のものではない。


――

だが最終的に

ボタンを押すのは、

いつだって

俺だ。


自動販売機は、

静かに光っていた。


次に押される瞬間を、

逃さないように。

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