第22話 「保護」は、檻と同じ形をしている

「保護」は、檻と同じ形をしている

1

接触は、通告だった


第二の依頼の配信から二日後。

朝。


スマホに届いた通知は、

今までで一番、形式ばっていた。


「あなたの安全確保について

協議の必要が生じました」


「本件は

保護措置に関する提案です」


提案。


だが文面には、

“断る”という言葉が一切ない。


俺は、

椅子に座ったまま動けなかった。


由衣の声が、

通話越しに即座に入る。


「……来たね」


「ああ」


これまでの接触は、

観測だった。


だがこれは違う。


管理に切り替わる前触れだ。


2

観測者は、善意を盾にする


通話は、

ビデオではなかった。


声だけ。


相手は、

以前よりも丁寧に話す。


「現在、

あなたは複数の主体から

注目を集めています」


大学。

世間。

そして、

彼ら自身。


「この状態は、

あなたにとって

安全とは言えません」


それは、

事実だ。


否定できない。


「我々は、

あなたを

危険から隔離する

手段を持っています」


隔離。


言葉は穏やかだが、

意味は一つ。


表舞台から下ろす。


3

「保護」の内容


相手は、

淡々と条件を読み上げる。


居住情報の秘匿


配信頻度の制限


実地案件の非公開化


外部との接触管理


そのどれもが、

合理的で、

正しくて、

――息苦しい。


「これは

あなたを縛るものではありません」


「守るための措置です」


由衣が、

小さく呟いた。


「……檻だ」


俺も、

同じことを思っていた。


4

大学は「歓迎」する


その日の午後。


大学から、

別件の連絡が入る。


「安全確保の観点から

外部機関と連携する可能性について

ご相談したい」


外部機関。


名は出さない。

だが、

察しはつく。


大学にとって、

これは好都合だ。


学生を守った


トラブルを外に出した


責任を分散できた


由衣が言った。


「大学、

“預けたい”んだよ」


「だろうな」


大学は、

守りたい。


学生ではなく、

大学という制度を。


5

世間は「保護」を許さない


一方、

世間の反応は真逆だった。


隠す気か?

保護って名目で消すつもりだろ

知る権利は?


切り抜き動画が、

さらに過激になる。


大学の声明。

配信のノイズ。

憶測。


すべてが繋がれ、

一つの物語にされていく。


――

「力を持つ個人が

囲い込まれようとしている」


由衣が、

画面を見ながら言った。


「……これ、

守る気ないよ」


「取りに来てる」


その通りだ。


6

三者の論理は、噛み合わない


観測者の論理:

「危険だから隔離する」


大学の論理:

「問題が起きる前に管理する」


世間の論理:

「隠すな、見せろ」


どれも、

自分たちの正しさに

疑いがない。


だから、

衝突する。


その中心にいるのが、

俺だ。


7

主人公の拒否は、想定外だった


俺は、

観測者に言った。


「……今は、

受けません」


一瞬、

沈黙。


「理由を

伺えますか」


「それは

“保護”じゃない」


俺は、

言葉を選びながら続けた。


「俺の選択肢を

減らす行為だ」


由衣の声が、

震えながらも入る。


「お兄、

それ言えてよかった」


8

観測者は、引かない


相手は、

静かに言った。


「あなたが

自分を守れなくなった場合」


「我々は、

強制措置を

検討します」


脅しではない。


事務的な宣告だ。


自動販売機の表示が、

初めて“赤”に近い色で点灯する。


警告:

主体性低下の危険


推奨:

退避判断


退避。


逃げろ、と

言っている。


9

大学・世間・観測者が、同時に動く


翌日。


大学は

学生への注意喚起を強化


観測者は

接触頻度を上げ


世間は

配信外の情報を探り始める


SNSには、

“住所特定ごっこ”が現れ始めた。


由衣の声が、

珍しく強くなる。


「……これは、

本当に危ない」


「分かってる」


今までは、

判断の問題だった。


だが今は、

時間の問題だ。


終章

守られることを、拒むという選択


自動販売機は、

激しく点滅している。


状況評価:

高リスク


推奨行動:

即時環境変更


環境変更。


引っ越し。

沈黙。

隔離。


選択肢は、

提示されている。


だが、

俺はまだ

決めていない。


観測者の「保護」は、

確かに合理的だ。


大学の対応も、

理解できる。


世間の欲求も、

止められない。


それでも。


――

俺は、

“選ばせてほしい”。


守られるかどうかを、

自分で。


自動販売機は、

沈黙した。


それは、

賛成でも反対でもない。


ただ、

次の選択が

不可逆である

という合図だった。


この章で、

はっきりしたことがある。


もう、

誰も

引いてはくれない。


次に動くのは、

俺だ。


そしてその動きは、

大学か、

観測者か、

世間か――

誰かの一線を

必ず越える。

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