そこにいる

ブリードくま

プリクラ 〜 撮影日は、今日

平成レトロが流行っているらしい。

そう言われても、私にとっては懐かしいというより、使い方を忘れた過去だった。


会社の帰り道、裏通りの軒先にそれはあった。

古いプリクラ機。

筐体の色はくすんだピンクで、文字も少し剥げている。

そして、カーテンがやけに短い。

膝のあたりまでしかなく、足元が外から見えそうなタイプ。


「こんなの、まだ動くんだ」


平成初期の機種だと、大学時代の友人が言っていた。

ディスカウントストアの入口脇に置かれているそれは、深夜でも明かりが点いていた。

レトロブームなら、珍しくもない。


一人で撮るのは少し気恥ずかしかったが、誰かを待つほどでもなかった。

小銭を入れ、短いカーテンを引く。


中は思ったより狭く、独特の甘い匂いがした。

画面に映る自分は、少し白飛びしている。


「撮影しまーす」


音声のあと、フラッシュが焚かれた。

一拍、遅れた気がした。


写真は普通だった。

少し古いフレーム。

目も大きくなりすぎていない。

変な加工もない。


ただ、背景が暗い。

私の背後、フレームの端が黒く滲んでいる。


気のせいだと思った。


それから数日、特に変わったことはなかった。

ただ、違和感は増えていった。


通勤電車で、視界の端に黒い影が立つ。

振り返ると、誰もいない。


コンビニのガラスに、長い髪の輪郭が映る。

次の瞬間には消えている。


ある日、昼休みにフロアを歩いていると、同僚たちが一斉に踊り出した。

無音で、同じ動き。

腕を振り、足を踏み鳴らす。


声をかけようとした瞬間、すべてが元に戻った。

誰も踊っていない。

こちらを見てもいない。


誰にも言えなかった。

言葉にした途端、壊れそうだった。


夜になると、女が見えるようになった。

長い髪で顔は隠れている。

目は見えない。


どこにいても、必ずこちらを向いている。

距離だけが、少しずつ縮まっていく。


プリクラのシールを見るのが怖くなり、鞄の奥に押し込んだ。

それでも、夢の中でフラッシュの光を見る。


そして、ある夜。

部屋の中で、女がすぐそこに立っていた。


髪が揺れ、私の影と重なる。

逃げようとした瞬間、白い光が視界を埋めた。


目を覚ますと、朝だった。


カーテンはいつも通り。

部屋も、時計も、昨夜のまま。


スマホを手に取る。

通知は特にない。


歩数計だけが、3000を超えている。


私は、今日まだ外に出ていない。


交通系ICの利用履歴を見る。

見覚えのない記録が、1件だけ残っていた。


利用時刻は、深夜2時。

利用場所は、近所のディスカウントストア。


24時間営業の、あの店だ。


記憶はない。

レシートも、袋も残っていない。


机の上に、一枚のシールが貼られていた。

いつ貼ったのか、思い出せない。


短いカーテンの前で、私が写っている。

顔は少し笑っている。


背景の奥に、白い蛍光灯が並んでいる。

あの店の天井だ。


フレームの端。

黒い髪が、昨日よりも内側に入り込んでいた。


私は、まだ外に出ていない。

それだけは、確かなはずだった。


それなのに、撮影日は、今日になっている。

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2025年12月15日 22:00

そこにいる ブリードくま @trystan530

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