2 契約交渉は強気に出た方が勝ち

 ジュンは、ちらっと横を向いてから、画面に近づいて小声で言った。

「さっき到着した地球からの訪問客に推薦してあげるから、早く来て。高額報酬、間違いなし」

「わかった」

 メンテナンスのお仕事か。それなら話は別と、エリカは立ち上がった。ジュンは情報を提供する見返りに、いつもおいしい情報を流してくれる。持ちつ持たれつ、ウィンウィンの関係。地球から来た大金持ちの宇宙船のメンテナンスなら、間違いなくお金になる。

 タブレットを放り込んだショルダーバッグを背中にかけ、靴を接地密着タイプに履き替えてラボの扉から廊下に出た。


 外航船発着ターミナルは、ラボのある最外縁部からエレベーターで上って行った一番軸に近いエリアにある。

 宇宙ステーションの中は、巨大な円環の居住エリア全体を回転させることで、地球と同じ1Gの重力を再現している。回転による擬似重力は半径に比例するから、軸に近いこのあたりはほぼ無重力だ。

 慣れない無重力の通路を接地密着靴でふらふらと歩き、十二番デッキのドアの前に立つと、ロックはされておらず、すぐに開いた。

 部屋の中には、ジュンと向かいあって少女のように小柄な女性が立っていた。

 このステーションでは見たことがない地球の最新ファッションをまとい、ほとんどメイクはしていないが、きりっとした美人顔。どこか陰がある目つきは鋭くこちらを突き通すようだった。


「忙しいのに悪かったね」

「うっさい」

 嫌味なやつと思いながら、エリカは目を細めて女性の顔をじっと見た。

 個人で宇宙船を貸切にして来たと言うから、脂ぎった年寄りの成金男を想像していたが、まったく予想外の人物だ。大金持ちのわがまま娘が、パパから誕生日に宇宙旅行をプレゼントしてもらったとか? まず仲良くなれそうにはないと感じる。

「それで、どんな用事?」

「ああ、紹介しよう。弦羽つるはさん、こちらがメンテナンス・エンジニアのエリカさん。今は自営業者だけど、元は株式会社宇宙基盤開発の正社員としてここに赴任して来たから身元は確かです」

「どうも」

 軽く頭を下げたが、相手の女性は会釈もせずじっとエリカを見ている。

 宇宙ステーション・ヤマブキを建造した宇宙基盤開発の社員だったなんて、ジュンとしては箔をつけたつもりなのだろうが、エリカにしてみると余計な情報であまりいい気分ではなかった。なんで辞めたのか理由を詮索されても面倒なだけ。


「こちらは、弦羽つるは流奈るなさん。今日、地球から到着したばかりで、しばらくここに滞在されるそう」

 弦羽流奈と呼ばれた女性は、黙ったままほんのわずかに顎を引いた。じっとエリカを見ている目からは、何を考えているのか読み取れない。どうにも付き合いにくそうだから、さっさと仕事を終わらせてバイバイしようと考えながら、エリカは弦羽ではなくジュンに向かって質問した。

「それで、修理するのは弦羽さんの乗ってきた宇宙船? 大型船のエンジンとか外回りは自分一人じゃできないから、宇宙基盤開発に依頼してもらった方がいいけど。内装の照明の交換とか冷蔵庫の修理とかならすぐできる」

「いや、実は修理じゃないんだ」

 意外なジュンの言葉に、エリカは首をかしげた。

「修理じゃない? じゃ、なんで私を呼んだの?」

 メンテナンス・エンジニアを呼びつけておいて、修理じゃないって。時間の無駄。

 しかしジュンは、ニコッと笑顔になって続けた。見るからに作り笑顔。

「この宇宙ステーションの中を案内してあげてほしいんだ。あと、正確なラグランジュ点にも行ってみたいらしい」

「あ……案内?」

 筋違いがすぎる、とエリカは声を強めた。

「ちょっと、どういうこと? 観光案内なんて仕事やってないんだけど」

「先方の条件からすると、あなたが最適だと思うから」

「何よ、条件って」


 ここで初めて、ジュンではなく弦羽が口を開いた。

「私からご提示した条件は三つ。一つ目は、地球の生まれであること。宇宙ステーションで生まれ育ったネイティブの方は、価値観が違うと聞いていますので。二つ目は、時間の自由がきいて二十四時間いつでも対応していただけること。三つ目は、女性であること。男性と二人きりで行動するのは気まずいですし不安がありますから」

「ということ。宇宙基盤開発の渉外部の社員では、二番目と三番目の条件に合う者がいないし、私は軍の任務があるから二番目の条件は無理だし。そこで自営業で時間が自由になる地球生まれの女性ということで、あなたを推薦したから」

 勝手なことをしてくれる。自分だって仕事とプライベートの時間は切り分けたいから、二十四時間対応なんてしたくもない。エリカは内心でそう毒づきながらも、さっき言われた「高額報酬」という単語を思い出して口には出さなかった。

 それ以上に、すっぴんなのもあって見た目はまだ少女のような幼さの弦羽が、妙に大人びた口調で話すギャップに少し興味が湧いていた。


「で、丸一日案内したら、いくらもらえるの?」

「ひと月一万ドルではいかがかしら?」

「え? 月? 一万?」

 期間と金額の両方が想定外で、エリカはぽかんと口を開けた。

 ヤマブキで部外者が自由に出入りできる場所など、それほど多くはない。居住エリアの廊下をぐるっと一周歩いて、ショッピングエリアやレクリエーションエリアを一通り見たら、二日もあれば終わってしまう。あとは運行担当職員しか入れないコントロールセンターや機械室と、軍関係者以外立ち入り禁止の機密エリアばかりだ。

「いや、宇宙ステーションの中はそんなに見るところ無いですよ? せいぜい二、三日で十分」

「そう……。でもしばらく地球に帰るつもりはないから、一か月で契約します」

 あくまでも押しが強い。一ヶ月二十四時間拘束されてしまったら、修理の仕事はできなくなる。とはいえ、今のところさっきの光電子ブースター一件しか手持ちがないし、その先もオーダーが入る保証はない。それならば、一万ドルの固定給をもらえるというのも悪い話ではない。

 そう考えながらジュンの顔を見ると、早く決めろとでもいうように、あごをしゃくっている。

 しかしエリカは、ここはもうひと押しする価値があると踏んだ。


「そうですか。では一ヶ月でもいいでしょう。ただし、緊急の修理依頼が来たら、そちらの対応を優先するという条件でもいいですか?」

「いえ。私の専属になって下さい」

 弦羽はまったく表情を変えずに即答した。

「いやー、それだと困るなー」

「では、倍の二万ドルでは? 専属契約料も込みで」

「オーケー。やりましょう」

 ニコッと微笑んだエリカの顔を見ながら、ジュンはやれやれと首を振った。

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