ラグランジュ・ランデブー

代官坂のぞむ

1 あり得ないお客さんとウマい話には裏がある

 彼女は、窓いっぱいに広がる銀河の星々を見ながら言った。

「ラグランジュ点って、永遠に地球が日蝕を引き起こしている場所でしょ?」

「うん。そうだけど」

「だから、私は、ここに来たの。押し付けがましくギラギラした太陽も、何事もないようなふりした無神経な地球も、どっちも見えない場所だから」


 勝手な事を言う人だ。こっちは女だてらに好き好んで、地球から一五○万キロも離れたこんな狭々しい環境に来たわけじゃないのに。


「でもね、ここに来てあなたと会って、考えが変わった」

 彼女はゆっくりとこちらを振り向き、美しい顔にこぼれるばかりの微笑みを浮かべた。

「あなたとなら、燦々と降り注ぐ陽の光を浴びて、一面に花が咲き広がる草原を一緒に歩きたいと思った」


 その表情と言葉に、どくんと大きな音を立てて胸の奥が跳ねるのを感じる。

 この感情は、一体なに? 


***


「ふう。やっと外せた」

 傷だらけの銀色の機体の下から這い出て来たエリカは、両手で抱えるほどの装置を床に置いて腕を組んだ。

「さーてと。光電子ブースターごと交換できるスペアはもうないから、こいつも部品レベルでチェックして修理だな」


 部屋の一面には頑丈そうな三重ガラスの大きな窓があり、外が見えるようになっていた。窓の外に広がる無数の星々の光と、その中でぽっかり丸く穴が空いたような金色の輪に目を向けて、またエリカはふうっとため息をついた。

「地球まで取りに行ければ、ブースターごとまるっと交換するだけだから簡単なんだけどな。カタログ見るだけなら一〇秒くらいのタイムラグなのに」

 やれやれと首を振りながら、台車の上に工具と光電子ブースターを乗せ、廊下に出る自動ドアに向かって歩き始めた。


 地球と太陽それぞれの重力と公転の遠心力がバランスするラグランジュ点は、宇宙ステーションを安定して設置するのに最適な場所である。全部で五つあるラグランジュ点のうち、地球から見て太陽の反対側に当たるここL2周辺は、太陽が地球の陰になり銀河系観測に適しているという理由で、早くから大型の宇宙ステーションが設置されていた。

 エリカが住んでいるこのヤマブキも、アメリカのJFケネディ・ステーション、中国の桃源、拡大ヨーロッパ国際機構のトラヤヌスに次いで四番目に建造された宇宙ステーションとして、すでに一六〇年も運用されている。

 建造当初は、地球から頻繁に輸送船が往復していたらしいが、地球環境の悪化にともなう世界不況の煽りで各国の宇宙関連予算も削減され、今では国際共同運行の資材運搬船が年に一便、旅客船が半年に一便だけとなってしまった。そのため、機材の部品を地球にオーダーしても、どんなに早くても届くまでに一年はかかる。

 メンテナンス・エンジニアのエリカにしてみたら、あらゆる機材の修理部品を手元に置いておきたいところだが、宇宙ステーションの空間は限られているから潤沢にストックしておくことはできない。しかたなく、他の機材の部品をはがして来たり、近傍の宇宙ステーションをつなぐネットで呼び掛けて古物商から買ったり、やりくりしながらメンテナンスしていた。

 今日、修理を依頼されたこのステーション間輸送機も、製造から八十年は使われてそうな骨董品だから、すぐに交換部品が手に入るか保証の限りではなかった。


「あらエリカ。またガラクタ拾ってきたの?」

 輸送機の格納庫を出て、わずかに曲面になっている廊下を台車を押しながら歩いていると、士官勤務室のドアを開けて出てきた女が話しかけてきた。胸に二等宇宙佐の徽章と「ジュン・ソラシマ」という名札が付いている。

「うっさい! ステーション間輸送機の推進装置が故障したって修理依頼だよ」

「珍しくちゃんとした仕事ね。だけど、そんな古い機械の部品あるの?」

「これからジャンクを探してみるけど。最悪、地球にオーダーするしかないかも」

 ジュンはエリカと並んで歩きながら肩をすくめた。

「地球にも無いんじゃない。そうそう、地球と言えば、もうすぐ臨時の旅客船が着くけど」

「地球から?」

 エリカは首をかしげた。

「先月、定期便が来たばかりなのに?」

「今回は個人の貸切船らしい」

「はあ? 個人で地球からここまで貸切? 意味わかんない」


 地球からこのL2ラグランジュ点までは直線でも一五〇万キロあり、定期運用されている軌道を経由して来ると高速宇宙船でも三〇日はかかる。公務や研究目的で定期旅客船に乗って来ても一万ドルかかると聞いているので、個人で宇宙船をチャーターなんかしたら何百万ドルかかるかわからない。

「どんな金持ちの道楽よ。こんなとこ来ても、何も面白い物なんかないのに」

 ジュンは面白そうに人差し指を上げてエリカの顔の前で左右に振った。

「興味があるなら会ってみる? ちょうどデッキに迎えに行くところだけど」

「宇宙軍の士官殿がわざわざ出迎えるって、軍のお偉いさん?」

「いや。まったくの個人」

 理解できない、という表情でエリカは首を振った。

「めんどくさそうな匂いがするから、やめとく。こいつも早く修理しないと、ベースステーションからの輸送に差し支えるからね」

 台車の上の銀色の細長い機材をポンポンと叩いて、黄色い横広のドアの前で立ち止まった。

 ドアの横には、「よろず修理承り エリカズ・ラボ」という看板が付いている。

 ポケットから細長くて小さなバーを取り出し、ドアの取手にかざしながら目の前のレンズに顔を向けると、カチャっと軽い音がしてドアが開いた。

「じゃね」

 エリカは、台車を押しながらラボの中に入って行った。


***


 一通りチェックを終えて、不具合の原因になっていそうな箇所を特定したところで、エリカはふぐっと椅子の上で背中を伸ばした。

 やはり、手持ちストックの部品では足りない。宇宙ステーション間ネットで、あらゆる商品や部材の取引業者をまとめているサイトを検索してみてもひっかからない。同業のメンテナンス・エンジニアが、デッドストックにしている物があるかもしれないので、「探しています」欄に品番を投稿して返信を待つことにした。

 ラボの中は、部品や工具をぎっしり並べた棚が四方の壁の天井まで伸びている。部品棚の一角に作られた机の前に座ってコーヒーを手にしながら、お昼ご飯に何か解凍して食べるか、先にシャワーを浴びて汗を流すか考えていると、タブレットの着信音が響いた。画面には発信者ジュンと表示されている。


「なに?」

 タブレットに表示された相手の顔は、不自然な程にこやかな笑顔だった。

「外航船発着ターミナルの十二番デッキにいるんだけど、ちょっとこっちに来られない?」

「今、忙しいんだけど」

 タブレットの中の表情が少し渋くなる。

「さっきの故障品、やっぱり部品がなかったんでしょ? 探しています欄の返信待ってる間、暇だろうから相談に乗ってくれない?」

「はあ? なに勝手に個人の行動モニターしてんのよ! いい加減にして!」

 エリカはムッとしてモニターをにらみ付けた。

「いやー、一応連絡する前に、都合を確認しておこうと思って」


 ジュン本人から打ち明けられたわけではないが、彼女の軍での任務は、インテリジェンス系なのだろうとエリカは想像していた。普段から、他国の宇宙ステーションのエンジニア仲間のことをよく聞かれている。

 他人の情報をいくら集めていても知ったことではないが、自分の行動も筒抜けになっているのは許せなかった。

「他にも、いろいろやることはあるのよ」

 例えばシャワーを浴びるとか。そう考えながら通話を切ろうとしたが、次の一言で指を止めた。

「飛び切りのビッグクライアントから仕事が入るのは、悪い話じゃないと思うけど」

「なにそれ?」


=================

*1月5日(月)から3日間連続投稿で完結。

*カクヨムコンテスト短編応募。カクヨムネクストでの連載を狙っているので、応援よろしくお願いします。


*太陽系のラグランジュ点L2から見た地球と太陽の想像図。

150万kmの距離から見た地球の角度は29.3分。太陽の角度は31.6分。

地球の周りを囲む太陽の白い光の輪だけがくっきりと見え、地上の大陸などは真っ黒で見えないとされる。

地球から見た月の視野角は約30分なので、地上から見た月とほぼ同じ大きさ。


※ラグランジュ点L2から見た地球の想像図

https://commons.wikimedia.org/wiki/File:View_on_Earth_and_Sun_from_L2.png



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