第8話:財政難と支援の対価

第8話:財政難と支援の対価


 王都の朝は、華やかながらも重苦しい空気に満ちていた。噴水の水音、馬車の蹄の響き、貴族たちの高笑い――そのすべてが、セレスティアにはどこか空虚に響く。


 侯爵家の財政難。ジェイドが率いるその家は、莫大な借金と不正な取引の連鎖に喘いでいた。王家は、辺境で輝きを増したセレスティアとライアスのパーティに、王室案件としての調査と救済を依頼したのだ。


 王宮の大広間で、セレスティアはゆっくりと歩を進める。赤い絨毯の柔らかさ、シャンデリアから漏れる光の煌めき、壁にかかる王家の紋章――すべてがかつての屈辱を思い起こさせる。だが胸の奥には、静かな自信が宿っていた。


「侯爵家の財政難……これは私たちの出番ね」

 ライアスの低い声に、セレスティアは頷く。肩越しに伝わるその安定感に、心がふっと軽くなる。


 王家の代表者たちが見守る中、セレスティアは条件を宣言した。

「依頼を受けるにあたり、二つ条件があります。ひとつ、過去の婚約破棄における侮辱を公に謝罪させること。もうひとつ、ジェイド・グラントの不正取引の調査権を、私が直接行使できるよう保証することです」


 広間の空気が一瞬で凍った。ジェイドは青ざめ、額に細かい汗が浮かぶ。貴族たちの視線が、まるで鋭い剣のように彼を突き刺す。


「……く、くそ……そんなこと、認められるわけが――!」

 ジェイドの声は震え、かすれた怒号となる。だが王家の前では、反論の余地などなかった。


「さあ、謝罪なさい。公の場で、あなたの言葉で」

 セレスティアの声は静かで、凛としていた。怒りや悲しみはなく、ただ冷静な力に満ちている。その目は、かつて自分を侮辱した者を一切の迷いなく見据えていた。


 ジェイドは何度も言葉を詰まらせ、かろうじて出た声はかすれ、広間に響いた。

「……す、すまない……セレスティア……」


 その瞬間、周囲から小さなざわめきが起こる。公の場で、かつての傲慢な婚約者が屈辱に塗れる様子――これこそが、セレスティアの復讐の序章だった。


「さて……次は、あなたの秘密を整理させてもらうわ」

 低く冷たい声に、ジェイドの顔はさらに青ざめる。セレスティアは魔法陣を指先で描きながら、ライアスと目を合わせた。互いに、微笑を交わす。


 空気は緊張で震え、魔力の波動が微かに手のひらに伝わる。だがセレスティアの手元は迷いがない。『解析魔法』を駆使し、彼の隠し財産、不正取引の証拠、密かに抱えた借金の数々を次々と抽出していく。


「……これは……あり得ない……」

 ジェイドの声はもはや震えではなく、絶望の色を帯びる。額の汗が、光を反射してキラリと光った。


「あなたが私を侮った理由、すべて、ここで明らかにする」

 セレスティアは淡々と、だが一つ一つの証拠に重みを込めて説明していく。貴族たちの間に、驚きとざわめきが広がる。これまで見下していた者たちが、今やただ黙っているだけだった。


「ふ……ふざけるな……」

 ジェイドは力なく椅子に座り込み、かすかな息を漏らす。その眼差しには、かつての自信は消え失せ、ただ恐怖と屈辱だけが残っていた。


 セレスティアの胸には、静かな高揚が広がる。冷たい石の床に立ちながらも、心は温かく、過去の涙や悔しさが報われる感覚が体を満たす。


「王家の皆さま、これが……侯爵家次男の実態です。公正な処置をお願いします」

 彼女の声は凛とし、かつての落ちこぼれの面影は微塵もない。ライアスがそっと手を握り、微笑む。


「君……やっぱりすごい」

 戦場で感じた手の温もりと、今の広間の重厚な空気が混ざり合い、胸が高鳴る。セレスティアも、自然と笑みがこぼれた。


 その後、王家の裁定でジェイドは公的な制裁を受け、経済的にも社会的にも地位を削られていく。セレスティアのざまぁは、ただ一度きりのものではなく、連鎖のように広がった。


「……これで、やっと……」

 セレスティアは深呼吸し、外の光を見上げる。大理石の冷たさ、庭の花の匂い、風に乗る噴水の水音――世界が再び、自分の味方のように感じられた。


「ライアス、ありがとう。あなたがいてくれたから、私はここまで来られた」

「俺は、ずっと君を信じてた。君は、誰よりも強い――そして美しい」

 指先がそっと触れ、互いの心が確かに伝わる。怒りも復讐も、すべてを包み込みながら、二人の絆はより深く、静かに燃え上がった。


 侯爵家の財政難は解決し、ジェイドは地位も名誉も失った。だが、セレスティアにとって重要なのは、ただ勝利したことではない。

 自分の力を信じ、特性を活かし、仲間と共に正しい行動を貫く――その実感が、何よりの報酬だった。


 広間を出ると、王都の朝の光が眩しく、清々しい。これからも続く戦いに、セレスティアはもう恐れを感じない。

 彼女の心は、自由に、強く、そして愛に満ちていた。


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