第7話:ジェイドの罠と状態異常の極意
第7話:ジェイドの罠と状態異常の極意
ダンジョンの入口に差し込む光は、僅かに埃を舞わせながらセレスティアの顔を照らしていた。湿った空気の匂い、石壁に反響する滴の音――辺境とは違う、重々しく圧迫感のある空気が緊張を呼ぶ。
「……ここ、何かがおかしい」
セレスティアは小さく呟き、手元の魔法陣を見つめる。いつもの感覚と違う。敵の魔力が、彼女の状態異常魔法に対抗する微妙な波動を放っているのだ。
「セレスティア、気をつけろ。俺も違和感を感じる」
ライアスの低い声に、胸がぎゅっとなる。彼の手が、無意識に彼女の背中をそっと支える。戦場では常に頼れる存在だが、今はその肩に重みを感じる。
罠は見事だった。中央ギルドでさえ、ジェイドの傲慢さと策略は隠しきれない。特定のモンスター――黒光りする鱗と不吉な赤い瞳を持つ、状態異常耐性を極限まで高めた存在が、パーティの前に立ちはだかる。
「くっ……効かない……!」
仲間が攻撃魔法を放つたび、敵は微動だにせず、反撃の準備を整える。その力強さと存在感に、辺境のダンジョンで味わった勝利の快感とはまるで別物の緊張が全身を包む。
「ライアス……私、どうすれば……!」
恐怖が心をかすめる。ライアスは重傷を負い、床に膝をつきながらも、鋭い眼光で敵を睨む。血の匂いと鉄の香りが鼻を突き、彼の苦痛が肌越しに伝わる。
「落ち着け、セレスティア。君は……君の力を信じるんだ」
ライアスの声が、弱々しい呼吸と混じり合い、鼓膜を震わせる。その声に応えるように、セレスティアは深く息を吸い込み、指先に集中する。
限界の魔力の中、彼女の瞳が鋭く光る。思考は研ぎ澄まされ、体感的な時間がゆっくり流れる感覚――これまでの失敗も嘲笑も、すべて今のための経験だったことを理解する。
「……これで、私の魔力は足りないなんて言わせない」
呟きながら、セレスティアは新たな呪文構築に集中する。名付けて――『永続状態異常』。通常なら瞬間的にしか持続しない麻痺や衰弱の効果を、極限の魔力配分と集中力で長時間維持する技術だ。
指先から放たれた光が、空気を裂くようにダンジョン内を走る。敵の赤い瞳が一瞬揺らぎ、次の瞬間、完全に固まった。麻痺、鈍足、衰弱が同時に重なり、黒光りする怪物は無力化された。
「やった……!」
パーティの誰もが息を呑む。ライアスの顔に、安堵と誇らしさが入り混じる笑みが浮かぶ。セレスティアも、手に残る熱と震えを感じながら、胸の奥で力強い自信が芽生える。
「君……すごい、セレスティア……! 俺、君を誇りに思う」
ライアスが近づき、膝をついたまま彼女の肩に手を置く。傷の痛みをこらえるその手の温もりが、彼女の胸にじんわりと伝わる。
「……私、やっと……自分の力を信じられた」
小さな声で告げる。冷たい石壁の間で、二人の呼吸だけが響く。戦場でありながら、心の中では確かに温かい連帯感が芽生えていた。
その時、背後でかすかな声が聞こえる。
「くっ……俺の策略を……!」
ジェイドの声だ。ダンジョンの奥で、彼が送り込んだ罠の意味を理解し、悔しさに震えている。だが今、セレスティアとライアスの絆の前には、ただの影のようにしか見えない。
セレスティアは指先を緩めず、深呼吸をして戦況を整理する。仲間の息遣い、魔法陣の淡い光、冷たい石の匂い、遠くの水滴の音――五感をフルに研ぎ澄まし、戦術の精度をさらに高める。
「私の特性は、魔力総量の上を行く……」
呟きと同時に、心の奥でライアスが微笑む。二人の絆は、この死線を共にしたことで一層強固なものとなった。
戦いが終わると、静かな安堵が二人を包む。ダンジョンの湿った空気の中で、セレスティアは初めて、単なる「魔力の少ない令嬢」ではなく、仲間と共に立つ「無敵の存在」である自分を実感した。
「ライアス……ありがとう。あなたが、私を信じてくれたから」
「俺はずっと信じてた。君は、誰よりも強い」
肩に触れる手の温もり、血の匂い混じりの空気、そしてお互いの呼吸――全てが彼女の胸を熱くし、心の奥の小さなときめきを揺らす。
ダンジョンの出口に向かう二人の背中は、もう恐れも屈辱もない。ジェイドの罠も、魔力の少なさも、もはや二人の絆の前では影に過ぎなかった。
永続状態異常――それは、セレスティアの特性が、魔力の多寡を超えて仲間を守る力となった証だった。
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