記録003:「影」の力①

 勇者パーティーはダンジョンの奥へと進んでいた。壁には古い魔法陣が刻まれ、不気味な雰囲気が漂っている。


「さて、この先どうする?」

 

 ガルムが大斧を肩に担ぎながら言った。


「魔物の気配が濃くなってきたわね。おそらく強敵が待ち構えているわ」

 

 アイリスが周囲の魔力を探るように目を閉じる。


「なら、俺が先行して囮になろうか?」

 

 レオンが提案するが、リリアはすぐに反対する。


「ダメよ!あなたが負傷したら戦えなくなるでしょ?まずは遠距離攻撃で様子を見るのがいいわ」


「確かにな。リリアの弓とアイリスの魔法で牽制けんせいしながら、敵の動きを見るか」


 ガルムが頷く。


「決まりね。レオンはその隙にふところへ飛び込む、でいい?」

「わかった。それで行こう」


 ――おお……ちゃんと作戦を練ってるんだな


 そして、彼らは武器を構え、慎重に前へと進んでいく――。


「この先、何かいる……」


 アイリスが杖を握りしめながら警戒を促す。レオンを含むパーティー全員が武器を構えた。


 ――俺は何もできないのか……


 さとるは影のまま、勇者レオンの足元に張り付いていた。自分の体を持たない感覚には、まだ慣れることができない。


 ――俺は……本当にただの影なのか?


 意識はある。しかし、手足は動かず、声も出せない。レオンが動けば、それに合わせて自分も地面を滑るように移動するだけだった。


 ――何か、何かできるはずだ……!


 必死に指を動かそうとするが、まるで感覚がない。影の中に閉じ込められたような、もどかしい気持ちが募る。

 周囲では勇者パーティーが慎重に進んでいた。レオンの影として存在する以上、自分も彼らと一緒に冒険しているはずなのに、何もできない。


 ――考えろ……影でもできることがあるはずだ……!


 しかし、どんなに頭をひねっても、思いつくのは「動けない」「話せない」「触れられない」という事実ばかり。焦りと苛立ちが胸を締めつける。


 ――まさか……本当にただの影なのか?いや、それは違うはずだ!


 何かが引っかかる。転生したということは、何かしらの意味があるはずだ。ただの影として終わるはずがない。


 ――俺は……ただの影じゃない……はずだ……!


 その時、ダンジョンの奥から低いうなり声が響いた。重々しい足音が洞窟内に反響し、地面がわずかに揺れる。パーティーの面々が警戒を強める中、レオンが剣を構えた。


「気をつけろ……この気配、ただの魔物じゃない」


 暗闇の中から現れたのは、全身を黒い甲殻で覆われた巨大な魔獣だった。四足歩行のそれは、まるで鎧をまとった獣のようで、赤く光る瞳がこちらを鋭く睨んでいる。


「……っ、アイリス、あいつの正体わかる?」


 リリアが弓を引き絞りながら尋ねると、アイリスは急いで魔導書を開き、ページをめくった。


「これは……“アダマント・ベア”! 並の攻撃じゃ傷一つつけられない、厄介な敵よ!」


 その名を聞いた途端、パーティーの空気が一気に張り詰める。

 アダマント・ベア――魔法も物理攻撃も効きにくい強固な防御力を誇る魔獣。その強固な殻は最も硬いとされるアダマンチウムでできている。倒せれば一攫千金だが、全滅の可能性すらある危険な相相手である。



 レオンは剣を握りしめながら、冷静に戦況を見極める。


「どこかに弱点があるはずだ!」


 リリアはすかさず矢を放つが、アダマント・ベアの分厚い装甲に弾かれてしまった。金属がぶつかるような鋭い音が響く。


「くっ……やっぱり矢じゃ無理か」


 アイリスも魔法を詠唱し、火球を放つ。しかし、それすらも表面の硬い甲殻に阻まれ、まるで効いている様子がない。


「……どうする? このままじゃジリ貧だぞ」


 ガルムが身構えながら問いかける。アダマント・ベアは、じりじりと距離を詰め、鋭い爪を振りかざした。その一撃が地面をえぐり、土煙が舞い上がる。


 レオンは後ろに跳んで回避しながら、息を飲んだ。


「正面からの攻撃は通らない……なら、隙をつくしかない!」


 その時、さとるは影のまま、じっとアダマント・ベアの体を観察していた。そして、その巨体の下、喉元から腹部にかけての部分だけが、ほかよりも装甲が薄いことに気づく。


 ――ここだ……!でも声が出ないんだ


「レオン、あいつの腹部を狙え! 装甲が薄い!」


 レオンはすぐに頷いた。


 ――ガルムナイス!


「なるほど……よし、みんな、連携するぞ!」


 パーティーは戦術を切り替え、一斉に動き始めた。


 アイリスが急いで詠唱を始める。しかし、アダマント・ベアはその隙を狙い、レオンへと襲いかかった。


 ――レオン、避けろ!!


 さとるは叫びたかった。しかし声は出せない。だがその瞬間、彼の意識がレオンの動きに溶け込むような感覚がした。


「……!?」


 レオンの動きが、一瞬だけ速くなった。まるで誰かが彼の身体を引っ張ったかのように。結果、アダマント・ベアの攻撃はかすり、レオンはすぐに体勢を立て直した。


 ――今の……俺がやったのか?


 さとるは確信した。影としてただ存在しているのではなく、何かしらの影の特性を活かせる可能性がある。

 戦闘が続く中、さとるは試しにレオンの動きに意識を集中してみた。すると、ほんのわずかだが、彼の動きを操ることができるような感覚があった。直接動かすわけではなく、ほんの少し補助する程度。しかし、それだけでも戦況を変えられるかもしれない。


「レオン、今よ!」


 アイリスの魔法が完成し、アダマント・ベアへと放たれた。光の魔法が闇の魔物を貫き、断末魔の咆哮とともに消え去る。


 戦闘が終わり、レオンは息を整えながら呟いた。


「……なんか、今日は動きやすかったな」


 さとるは微かに笑った。


 ――俺にも……できることがあるかもしれない

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