記録004:出会い

 戦闘が終わり、勇者パーティーはアダマント・ベアの亡骸を確認しながら息を整えていた。重厚な甲殻は砕け散り、致命傷を負った魔獣はすでに動かない。


「はぁ……なんとかなったわね」


 アイリスが額の汗を拭いながら呟く。


「リリア、怪我は?」


 レオンが尋ねると、リリアは仲間たちの状態を確認した。


「軽い傷はあるけど、戦闘に支障はないわ」

「そうか。なら、少し休んでから進もう」


 レオンは剣を収め、周囲を警戒しながら腰を下ろした。

 その足元に広がる影の中で、さとるはひとり思考を巡らせていた。


 ――やっぱり俺はただの影じゃない


 先ほどの戦闘で、レオンの動きを僅かに補助できた感覚があった。意識を向けることで、彼の身体を一瞬だけ動かし、攻撃を回避させることができたのだ。


 ――これは偶然か?それとも……


 自分にどんな力があるのか。確かめるには、もっと試す必要がある。しかし、影のままでは言葉を発することもできない。どうすればいいのか。


 その時――


「ん?」


 レオンが何かに気づいたように顔を上げた。


「どうした?」


 ガルムが警戒しながら問う。


「いや……今、誰かに呼ばれたような気がした」


 レオンは周囲を見回す。しかし、この場には俺たちしかいない。


「気のせいじゃない?」


 リリアが首を傾げる。

 

「……かもしれない」


 レオンは違和感を抱えながらも、再び座り直した。

 

 ――もしかして、俺の声が届いたのか?


 さとるは驚いた。試しに、もう一度強く念じてみる。


 ――レオン……聞こえるか?


 レオンはぴくりと肩を揺らし、周囲を見回した。


「……誰か、俺の名前を呼んだか?」

「呼んでないわよ」

「やっぱり、気のせいか……?」


 確信した。


 ――やっぱり、レオンにだけは俺の意識が届くんだ!


 影のままでも、彼にだけは声が届く可能性がある。しかし、まだ完全に会話ができるわけではない。何か方法を探さなければ。

 その時、ダンジョンの奥から冷たい風が吹き抜けた。


「……そろそろ行こう」


 レオンが立ち上がる。


「そうね。ここで立ち止まっているわけにはいかないもの」

「次がボスのようね」


 アイリスが杖を握り直し、先へと目を向ける。

 パーティーは再び慎重に歩みを進める。影の中で、さとるは新たな決意を固めた。


 ――俺は、このまま影で終わるつもりはない。必ず、自分の力を証明してみせる


 その時、突如としてダンジョンの天井が揺れ、大きな咆哮が響き渡った。

 

「来るぞ!」


 ガルムが叫ぶと同時に、巨大な魔獣——"暗黒の暴君大土竜モウル・ロード"が姿を現した。


 大土竜モウル・ロードとはモグラ型の魔物である。目から出る光線により当たった部分は石化し、また、状態異常――鈍化のデバフがついてしまう厄介な敵だ。


 禍々しいまがまがしい瞳が光り、全身を覆う漆黒の鱗が鈍く輝いている。


「くっ……大土竜モウル・ロードだと!?」


 レオンが歯を食いしばる。その瞬間、バジリスクの瞳が赤く光り、パーティーの動きが鈍くなる。


「しまった……身体が……!」


 強力な石化の視線により、レオンたちの動きが封じられていく。


 ――ヤバい……! でも、俺は……?


 さとるは影の中で動けることに気づいた。


 ――影の中なら自由に移動できる……!


 試しに意識を集中すると、影の中をすり抜けるように移動できた。


 ――……これなら!


 さとるは影を通じてレオンの背後へと移動し、影を操作して彼の身体を揺さぶった。


「——ッ!?」


 レオンは驚きつつも、直感的に身体を反らし、石化の視線を回避した。


「な、なんとか動けた……!?」

「おい!みんな無事か?!」

「はい。何とか」


 大土竜モウル・ロードが再びレオンに攻撃しようとするが、その瞬間、さとるは影を伸ばし、レオンの足を僅かに引っ張ることで彼の動きを促した。


「今だ!」


 レオンは気合いと共に剣を振るい、バジリスクの足元を斬りつける。


 ――やった……! 影の中なら、俺は間接的にだけど戦える!)


 影の中にいながらも、自分の存在がレオンを支えていることを実感するさとる。

 大土竜モウル・ロードが致命傷を受け、最後の咆哮を上げながら崩れ落ちた。


 戦いが終わり、レオンは息を整えながら呟いた。


「……今の戦い、何かが俺を動かしたような気がする。俺のすぐそばにいて、俺と連携できるもの……」


 彼は自分の影をじっと見つめた。


「まさか……影の中に何かいるのか?」


 ――ご名答!


 しかし、すぐに首を振る。


「……いや、そんなはずはない。気のせいだろう」


 レオンはそう結論づけ、剣を収めた。


 ――惜しい……


 さとるは静かに影の中で息を潜めた。


 ボスを倒し、レオンたちはダンジョンを後にし、街へと戻った。

 依頼の達成報告をするために冒険者ギルドへ向かい、受付で討伐の証拠を提出する。


「お疲れ様でした。依頼は確かに達成ですね」


 受付嬢が笑顔で報酬を手渡した。


「はぁ……やっと終わったな」


 レオンは軽く伸びをしながら、疲れた様子でため息をつく。


「私は宿に戻るわ。少し休みたいし」


 アイリスが言うと、リリアとガルムも同意する。


「俺も先に宿へ戻る。今日はゆっくり休みたい」


 レオンもそう言い残し、ギルドを後にした。


 宿へ戻ったレオンは、部屋に入るなりベッドへ倒れ込む。

 疲労で意識が落ちかけたその時——


 ――レオン


 はっきりとした声が頭に響いた。


「!? 誰だ!」


 飛び起き、辺りを見回すが、部屋には誰もいない。




 ――さとると言います。影の中にいます


「……っ!?」


 レオンの表情が驚愕に変わる。


「……影の……中にいるのか?」


 ――ああ。やっとちゃんと話せた


 レオンは信じられないという顔で、自分の足元の影を見つめる。


「……まさか、本当に影が……?」


 ――説明するよ。俺はお前の影の中にいる

 

 さとるは、自分が影として存在していること、影の中を自由に移動できること、そしてレオンにしか声を届けられないことを話した。


「……そんなことが……信じがたいが、実際に声が聞こえてるんだもんな……」


 ――ここから抜け出す方法を考える。だから俺のことを手伝ってくれ


 レオンはしばらく沈黙した後、静かに頷いた。


「……分かった。助けるよ、さとる。で、さとるは何ができるんだ?」


 ――レオンの移動速度上昇、影移動、相手の影を乗っ取り動きを変える、とかかな

 

「すごいじゃないか!?じゃあ……これからもよろしくな!さとる」


 ――ああ、もちろんだ


 こうして、レオンはさとるの存在を明確に認識し、影の中の相棒との絆を深めていくのだった。

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