第2話「黙っていれば時間の問題」
## エピソード:亡霊の帰還、崩れ落ちる仮面
### ざわつく会場
ありさの葬儀会場は、しめやかな悲しみに包まれていた。しかし、その空気の下では、親族や友人たちの間で、彼女の突然の「行方不明」、そして発見されないまま執り行われるこの葬儀への、言葉にならない疑惑が渦巻いていた。
その中心にいるのは、建人と妻の夏美だった。
「うっ…ううっ…ありさ…なんでだよぉ…!」
建人は遺影の前で崩れ落ち、嗚咽を漏らしていた。その背中をさする夏美の瞳は、悲しみに濡れている…ように見えた。だが、その演技がかった悲劇の主人公ぶりに、一部の友人たちは眉をひそめていた。特に、ありさの親友エリは、冷たい視線で二人を見つめていた。
「…建人さん、少し休んだら?顔色が悪いわよ。」
夏美が芝居がかった声で言うと、建人は頷き、ふらつく足取りで席を立ち、お手洗いへと向かった。彼が会場から姿を消した、その時だった。
### 帰ってきた!ありさ!
会場の入口が、にわかにざわつき始めた。最初はひそひそ話だったものが、次第に大きなどよめきへと変わっていく。
「え…?」
「うそ…だろ…」
「あれって…」
入口に立っていたのは、黒いワンピースに身を包んだ一人の女性。その顔は、祭壇に飾られた遺影と、寸分違わぬ姿だった。
**「…ありさ…!?」**
誰かが叫んだ。その声を皮切りに、会場はパニックに陥った。
**「あわわわっ…!」**
**「生きてる…!?ありさが生きてるぞ!」**
親族たちは腰を抜かし、友人たちは互いの顔を見合わせ、言葉を失う。エリだけが、驚愕の表情の中に、かすかな確信の色を浮かべていた。
指をさす人々。泣き出す者。その視線の中心で、夏美は凍りついていた。血の気が引き、その顔は蝋人形のように真っ白になっていく。彼女が必死に作り上げていた悲しみの仮面が、音を立てて砕け散った。
### 偽りの葬儀、真実の焼香
しかし、当のありさは、周囲の混乱に一切動じる様子はなかった。彼女は静かに会釈すると、まっすぐに祭壇へと歩みを進める。その落ち着き払った態度は、異様で、不気味ですらあった。
彼女は祭壇の前に立つと、抹香を手に取り、静かに額に押し当てた。そして、香炉にくべると、深く頭を下げた。
会場が、水を打ったように静まり返る。その静寂の中、ありさは振り返り、凍りついている参列者たちに向かって、小さく、しかしはっきりと告げた。
「ご心配をおかけしました。少し、遠出をしていましたもので…遅くなりましたが、ご焼香しに来たと、お伝えください。」
その言葉は、誰に向けられたものなのか。参列者たちは、ただ呆然と彼女を見つめるだけだった。
その時、お手洗いから戻ってきた建人が、会場の異様な雰囲気に気づき、歩みを止めた。彼の視線が、祭壇の前に立つ黒いワンピースの女性を捉える。
「……あ……」
建人の口から、声にならない音が漏れた。彼が奥飛騨の土砂降りの中、夏美と二人で埋めたはずの女。彼の偽りの涙の源。そのありさが、そこに立っている。
「……あ……あり…さ…?」
建人の顔から表情が消え、膝がガクガクと震え始める。彼の芝居がかった悲鳴は、もはやどこにもなかった。そこにあったのは、罪が暴かれた人間の、純粋で、どうしようもない恐怖だけだった。
ありさは、そんな建人に向き直ると、静かに、そして冷たく、微笑んだ。
その微笑みが、建人と夏美の犯した罪に対する、最も残酷な審判の始まりを告げていた。
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