第4話:意思確認

 女の指示に従い、ジョージは州間高速道路I-95本線を南下していた。

 ニュージャージー州境は、とうに越えている。


 途中でI-495の東回りに逸れ、やがて再びI-95へと合流する。


――ワシントンD.C.アメリカの首都を、外している。


 意図は明白だった。

 監視カメラ。連邦施設FBI本部等。

 自動車ナンバー読み取り機。


 それらを可能な限り避けるためのルート選択だ。


 目的地がわからぬまま、走らされ続けて数時間は経つ。


 ジョージは、次のレストエリアの表示を見た瞬間、迷わずウインカーを出した。



 州間高速道路沿いのレストエリアは、ガラス張りの近代的な造りだった。


 パーキングエリアには何十台もの大型トラックが整然と並び、風景は不自然など直線的に切り取られている。


 女はまるで、初めて来た異国を見渡すように、あたりをせわしなく視線を送っていた。

 だがその瞳には輝きはなく、色は沈んでいた。


 車を降りている間も、会話はない。

 トイレを済ませ、互いに余計な距離を取る。


 ジョージは缶コーヒー片手に何気ない仕草を装い、視線だけを流した。

 女の手元で、スマートフォンの画面が浮かび上がる。


 表示されていたのは、メッセージアプリの画面だった。

 だが、一般的なものではない。


 送受信の履歴が、任意の時間で自動消去される。

 高い匿名性を売りにしたアプリだ。


 女は、それを常に開いたままにしていた。


 ジョージは何も言わず、ただ缶コーヒーを飲み干し、スマホを操作した。


 空き缶をゴミ箱に投げ入れた。


 乾いた音がした。



 SUVのドアが閉まる音が、外の空気を切り捨てた。

 フロントガラスの先で、テールランプの列が赤い線になる。


 SUVはその流れに溶け込み、再び南へ向かって走り出した。


 ジョージは前方から目を離さない。

 左手だけで、スマートフォンを操作した。


 画面を点灯させ、持ち替えて後ろ向きにした右手で、運転席と後部座席の間に無言で差し出す。


 メモアプリだった。

 文字は大きく、短い。


――

・この移動は、あなた自身の意思ですか

・誰かに強制されていますか

・今、この車を降りたいですか

――


 女は一瞬、息を止めた。

 シートに背を預けたまま、画面だけを見つめている。


 車線変更。

 ウインカー。

 ジョージの動きは変わらない。


 しばらくして、女がジョージのスマートフォンへと指を伸ばす。


 一瞬だけ指が画面の上で止まった。

 だが、意を決したようにメモの一番下に、短く打ち込まれた。


――

はい

いいえ

いいえ

――


 ただ、短く表示されただけの文字だった。


 ジョージはそれを一瞥すると、

 何事もなかったようにスマートフォンを伏せた。


 しかし、ジョージの胸の奥は砂のように渇き、ざらついていた。


 たとえそれが本心でなく、指示された答えだったとしても、

 本人が否定している以上、他人が踏み込む理由はない。


 彼女は彼女の人生だ。

 選ぶのは、彼女自身だ。


 SUVは、夜の高速道路を外れることなく、走り続けていた。

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