第3話:夜の距離
州間高速道路へと続く
慣性の法則に従い、体がシートに押し付けられる。
しばしの沈黙。
高速道路を走るタイヤの音だけが、車内を支配していた。
◇
不意に、女が口を開いた。
「……ボディガードって」
そこで一度、言葉が止まる。
自分でブレーキを踏んだような止まり方だった。
ジョージは前を見たまま、待つ。
「ボディガードって……
何をする仕事なんですか?」
質問は曖昧だった。
だから答えも、曖昧でいい。
「隣に立つ仕事です」
「でも、危ないことも……」
「あります」
「それで、撃たれたりとか」
「あります」
「怖くないのですか?」
「訓練されています」
女は少し困ったように言った。
「……訓練、ですか」
「ええ」
「それで……怖くなくなるんですか?」
「違います」
ジョージは即座に否定した。
「怖いままです。
ただ、優先順位が決まる」
「優先順位……」
「――誰を守るか。
――どこまでやるか。
――何を捨てるか」
女は黙り込む。
膝の上で、指先が絡まり、ほどけ、また絡まる。
ロザリオを握っていた。
握りしめていた手のひらに、その跡が残る。
「……それって」
小さく息を吸う音。
「神様に委ねるのとは、違いますね」
ジョージの視線が、一瞬だけ揺れた。
ミラー越しに彼女を見ることはしない。
ただ、言葉の重さを測る。
「私は、委ねません」
「ですよね」
女はどこか、納得したように言った。
「自分で決める顔をしてる」
評価でも批判でもない、ただの観察だった。
「……私」
言いかけて、また止まる。
「いいです」
ジョージは促さない。
だが拒みもしない。ただ待つ。
数秒後、女は意を決したように続けた。
「人が死ぬかもしれない場所で……
……それでも、隣に立つんですか」
「契約が有効で、違法でなければ」
即答だった。
女は目を伏せた。
「私は、祈ることしか、できません」
ジョージは、ここで初めて言葉を選んだ。
「祈りは、逃げじゃありません」
女が顔を上げる。
「……そうですか?」
「少なくとも、向き合っている」
短い沈黙。
「……私、神様のお側に行きたいんです」
直接的な言葉ではない。
だが、意味は明確だった。
「
女は驚いたように目を瞬かせた。
「……どうして」
「言葉の選び方が、そういう人のものです」
女は、少しだけ笑った。
戸惑い混じりの笑みだった。
「……変なボディガードさん」
「よく言われます」
高速道路の先で、テールランプが赤い線を引く。
「……私、まだ何も決められてないんです。
ずっと……流されるがまま……」
とても若すぎる声だった。
「それでいい――」
ジョージは言った。
「決める必要がある時までは」
「……その時が来たら?」
「その時は、自分で決める。それだけです」
女は深く息を吐いた。
「……あなた、優しくないですね」
「仕事です」
少し間を置いて。
「でも……」
女は小さく付け足す。
「隣に立ってくれる人がいるって、思えました」
ジョージは答えない。
ただ、速度を一定に保ち、車線の流れに身を預けた。
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