第3話:夜の距離

 州間高速道路へと続くランプウェイ接続路を抜けると同時に、ジョージはアクセルを一気に踏み込んだ。

 慣性の法則に従い、体がシートに押し付けられる。


 しばしの沈黙。

 高速道路を走るタイヤの音だけが、車内を支配していた。



 不意に、女が口を開いた。


「……ボディガードって」


 そこで一度、言葉が止まる。

 自分でブレーキを踏んだような止まり方だった。


 ジョージは前を見たまま、待つ。


「ボディガードって……

 何をする仕事なんですか?」


 質問は曖昧だった。

 だから答えも、曖昧でいい。


「隣に立つ仕事です」


「でも、危ないことも……」


「あります」


「それで、撃たれたりとか」


「あります」


「怖くないのですか?」


「訓練されています」


 女は少し困ったように言った。


「……訓練、ですか」


「ええ」


「それで……怖くなくなるんですか?」


「違います」


 ジョージは即座に否定した。


「怖いままです。

 ただ、優先順位が決まる」


「優先順位……」


「――誰を守るか。

 ――どこまでやるか。

 ――何を捨てるか」


 女は黙り込む。

 膝の上で、指先が絡まり、ほどけ、また絡まる。

 ロザリオを握っていた。

 握りしめていた手のひらに、その跡が残る。


「……それって」


 小さく息を吸う音。


「神様に委ねるのとは、違いますね」


 ジョージの視線が、一瞬だけ揺れた。

 ミラー越しに彼女を見ることはしない。

 ただ、言葉の重さを測る。


「私は、委ねません」


「ですよね」


 女はどこか、納得したように言った。


「自分で決める顔をしてる」


 評価でも批判でもない、ただの観察だった。


「……私」


 言いかけて、また止まる。


「いいです」


 ジョージは促さない。

 だが拒みもしない。ただ待つ。


 数秒後、女は意を決したように続けた。


「人が死ぬかもしれない場所で……

 ……それでも、隣に立つんですか」


「契約が有効で、違法でなければ」


 即答だった。

 女は目を伏せた。


「私は、祈ることしか、できません」


 ジョージは、ここで初めて言葉を選んだ。


「祈りは、逃げじゃありません」


 女が顔を上げる。


「……そうですか?」


「少なくとも、向き合っている」


 短い沈黙。


「……私、神様のお側に行きたいんです」


 直接的な言葉ではない。

 だが、意味は明確だった。


修道女シスター、ですか」


 女は驚いたように目を瞬かせた。


「……どうして」


「言葉の選び方が、そういう人のものです」


 女は、少しだけ笑った。

 戸惑い混じりの笑みだった。


「……変なボディガードさん」


「よく言われます」


 高速道路の先で、テールランプが赤い線を引く。


「……私、まだ何も決められてないんです。

 ずっと……流されるがまま……」


 とても若すぎる声だった。


「それでいい――」


 ジョージは言った。


「決める必要がある時までは」


「……その時が来たら?」


「その時は、自分で決める。それだけです」


 女は深く息を吐いた。


「……あなた、優しくないですね」


「仕事です」


 少し間を置いて。


「でも……」


 女は小さく付け足す。


「隣に立ってくれる人がいるって、思えました」


 ジョージは答えない。

 ただ、速度を一定に保ち、車線の流れに身を預けた。

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