004.サバイバル一日目、夜


 モンスターたちに仕事を割り振った俺は、洞穴の入り口で軽い体操をしていた。

 体操というか、ストレッチの方が近いかもしれない。


「あのニワトリとの押し合いに、ジャンプ力。絶対おかしかったよな」

「わん?」

「ああ、すまん。気にせず土を集めてくれ」


 俺の独り言に気づいたコボルドが「なぁに?」とばかりに振り向くのを制止して仕事に戻ってもらう。


 体を動かしてみてわかったのは、日本にいた頃の俺では考えられないくらい柔軟でしなやか、そして軽くジャンプしただけで日本にいた頃の二倍は高く飛び跳ねる身体能力があるということ。

 加減してこれなのだから、コアちゃん特製ボディというのはもしかしたら相当にスペックが高いのかもしれない。

 というか、そう考えなければただの人間にあんな化け物ニワトリが倒せるはずがない。


「これからは戦闘はモンスターに任せるつもりだけど……一応体を動かす訓練はするべきかな?」


 自分を納得させている間もわんわんとコボルドは穴を掘り、スライムはずるずると土をダンジョンの入り口に積み上げていく。

 最終的にはあの土はダンジョンに吸収させて素材化するつもりだが、今晩はとりあえず土嚢代わりに少しでも洞穴の入り口が目立たなくなればいいくらいに考えている。

 初日から完璧は無理。できることをできる範囲で、だ。


「ゴブー」

「おっ、ゴブリンさんおかえり」

「ゴブゴブッ」


 木や草を集めて貰っていたゴブリンが森から帰ってくる。胸の前に両腕に抱えられていたのは大量の薪になりそうな枝と大小の葉っぱと果実。


「え、ゴブさん食べ物みつけたの?」

「ゴブー」


 ゴブリンは集めたものをダンジョンの床に並べると、三つある果実の一つを指差し、それから自分のことを指差す。


「もちろん、ゴブさんが見つけたんだから食べてよ。俺も一個貰っていい?」

「ゲッ!」


 ひと鳴きしながらのサムズアップ。声と表情は少し不満そうなのに貰っていいらしい。

 なんかダンマスとしてパワハラしてるみたいで申し訳ない。


「ゴブゴブ〜」

「……」


 ゴブリンが果実にかぶりつくのを無言で観察する。

 正直、異世界の木の実なんて不用意に口にしたくなかったので毒味待ちである。

 ゴブリンの不真面目な気性を読んで敢えて下手に出ました。ごめん。


「ゴップ」


 しばらく観察していたが、ゴブリンが採ってきた果実は洋梨のような見た目で、中に虫などもおらず、ゴブリンも満足そうにしていたので大丈夫そう。


「コアちゃーん、この辺の素材吸収して貰えるー?」

 

「いいよー」と声がして光る球がふよふよと近づいてくる。


「サイクロン!」


 なんかいつもと違う掛け声にビクっとしたが、素材たちは普通にズブズブとダンジョンに飲み込まれていった。コアちゃんったらお茶目さん。


「あ、果物まで吸い込まれちゃった」

「あれ? すぐ使うやつだった? えーと、これかな?」


 ぽん、と俺の掌の上に先ほどの果実が二つ。出す時は床の上じゃなくてもいいのね。


「食用にできる果実みたいだね、よく見つけたね!」

「ゴブさんがね。ん? ああ、そうか、一旦吸収して貰えばコアちゃんにはどんなものか調べられるのか」


 ニワトリを吸収したときも、「やっぱりモンスターじゃないねー」とか素材とお肉はどっちで保存しとくか聞かれた気がする。

 つまりゴブリンの毒味は必要のない犠牲……にはなってないからいいか。


「よかったね、シノミヤ。おやつのあてが見つかって」

「そうだね。水源もあるしこれでとりあえずは今晩は凌そうだ。あ、でもモンスターたちの餌とかコストってどうなんだらう?」

「いらないよ? 召喚したモンスターはダンジョンと繋がってるから食事も睡眠も必要ないし、もし死んじゃってもしばらくしたら生き返るから。コストは召喚時の先払いだから維持費のDPも必要ないよ」


 はえー、モンスターの維持コストどころか食事の必要もないのか。何より蘇生ありってのはありがたい。クールタイムはあるみたいだけど、無料で復活してくれるなら一気に全滅しない限りは頼りになりそうだ。


「あれ? ダンジョンと繋がってると食事も睡眠もいらないなら、ダンジョンコアに繋がってる俺は?」

「必要ないね」

「は?」


 じゃあ今までの俺の心配は何のために?


「でも、シノミヤはこことは違う世界から来た人間の魂でしょ。いきなりダンジョンモンスターみたいな生活したらストレスで狂っちゃうよ。できるんだったら元の記憶に近い生活をした方がいいと思うの。それを心配だって言ったのよ?」

「そういうことならあの時詳しく聞きたかったけど……確認しなかった俺もいけないね。気遣ってくれてありがとう」

「どいたまよん!」


 思ったのと違う形で俺の体の異常性が発覚した。もしかしたら俺は人間よりモンスター側の生態なのかもしれない。


 ともあれ。


「もうすぐ日も暮れる、今日はここらで作業は止めようか。モンスター諸君はダンジョン入り口の土山に隠れて警戒を頼む」


「わん!」

「ゴブ!」

「……」


 三匹の新たな仲間は睡眠不要らしいので、見張りについてもらいコアちゃんと俺は洞穴の一番奥へ。


「今日は一日大変だった」

「ドキドキしたね!」

「死ぬかもってね」


 狭苦しい水源にストレスを溜めながら手と顔を洗った後、喉を潤し、果実を食べる。甘酸っぱくてみずみずしい果実から得られる糖分が疲れを癒してくれる。

 なるほど、確かに食事をしなくても生きていられると言われても、食べればこうして幸福を感じられる。こんな過酷な世界で正気でいる為には食事も大事なものだ。

 そして、食事が大事なら睡眠だって。


「はぁー、明日もやらなくちゃいけないことが山ほどあるなぁ」


 何も敷いてさえいない硬い土の床に寝転がる。


「全部任せっきりでごめんね」

「そんなことないって。生まれたばっかりなのによくやってくれてるよ」

「ほんとう?」

「本当。だから、明日からまた力を合わせて頑張ろうな」

「うんっ!」


 元気にピカっと光るコアちゃん。喜んでくれたようで何よりだ。


「それじゃあ、今夜は眠るから灯りを消してくれる?」

「わかった! 音楽はかける?」

「じゃあ睡眠導入向けのジャズを静か目に……音楽再生できるの!?」


 うとうとし始めていた目がかっ開いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

次の更新予定

2025年12月29日 21:01
2025年12月29日 21:03

初心者マスターとポンコツコアの迷宮運営記 〜なんでもありの外道ダンジョンでも独立国家になれますか?〜 綴木春遥 @Tononom

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画