002.ニワトリがデカいのは聞いてない


「コケ、コケ」


 首を左右に傾けながらひょこひょこ歩いて……訂正、メシメシ土を踏みしめながら近づいてくるのは体高二メートルのニワトリ。


「熊じゃなくてもこのサイズ感だったかー」


 森の中に居そうなヤバい動物の知識が熊や猪、狼くらいの認識だった俺には想定外。そうだね、日本じゃないし野生のニワトリくらいいるよね。でもデカくない?


「コアちゃん、あれモンスター?」

「ニワトリにしか見えないけど」

「あの大きさじゃなければね?」

「どっちにしてもどうするの? 狩る?」


 うーん。無理じゃないかなー。だって、足とかめっちゃ太いし爪とか人間なんて軽く引き裂けそうだし、嘴で突かれたら穴あきそうだし。

 ぶっちゃけ、羽生えてるニワトリらしい部分以外の足や嘴だけ見てると恐竜にしか思えない。


「コケー、コッコッ」


 そんなニワトリさん、首を揺らしながらも着実にこちらへと近寄って来ている訳だけど。


「もしかして狙われてる?」

「ダンジョンコアってエネルギーの塊だからね」

「要約すると?」

「動物もモンスターも人間もめっちゃ狙ってくる」

「狙われてんじゃん!」


 巨大ニワトリに背を向ける勇気もなく、じりじりと後ずさる俺。

 さっき俺に注意されてから洞穴の奥で壁にひっついてるコアちゃん。


「お、ダンジョンに引き込む作戦? やるぅ!」

「んな訳ないでしょうが!」


 引き込んだが最後、逃げ場をなくして襲われるだけだ。

 ……いや、襲われるのだろうか? ニワトリって人間食べないよね? コアちゃんを置いて逃げればワンチャン……


「私が死んだらシノミヤも死ぬー」

「逆メンヘラやめてね?」


 逆メンヘラってなんだ。

 いや、そんなことはどうでもいいか。コアちゃんを囮にして逃げるのはなし、コアちゃんがやられて俺も死んでは意味がない。


「嘘だろ、まさかやるっきゃないのか」


 やるのか? ……このしょぼい槍で?

 あり得ないだろ、無理無理、早くどっか行ってくれ!


 なんて心の声がニワトリに届くはずも無く。


「コケ——ッ!!!!」


 急に大きく嘴を開けて鳴く、というよりも咆哮に近いそれは森の木々を激しく揺さぶる。

 震えているのは木だけではない、俺の体もブルってる。


 迫り来る巨大なプレッシャーに思わず膝が笑う。顔面はどんな酷い面をしているだろう。


 ずしり、ずしりと巨大な二足の足が土を踏みしめ、金属のような鋭い鉤爪がカチリカチリと音を響かせる。

 前屈みに顔を下ろしてきたおかけで、デカすぎて鳥の愛嬌なんてない翼竜のようだ。

 そのギラついた瞳は殺意こそ感じさせないが、俺のことを食い物かそうでないか見定めているような上位者のようだ。

 そんなニワトリが頭を低くしてゆっくりと洞穴の中に侵入してくる。


 対する俺は、槍こそ両手で強く握りしめているものの、この巨大異世界ニワトリに立ち向かう覚悟が未だ決まらない。


 俺が獲物認定されて食われても終わり、怖い、一歩下がる。

 ダンジョンコアを壊されても終わり、やばい、また一歩後退する。


「シノミヤーこれヤバいよー絶対ヤバいってー」


「わかってる」という返事さえも喉を通って出てこない。全身から吹き出す汗、怖くて視界が霞む。


 かつん、と床に散らかった硬い石に踵をぶつけて、背後に倒れ込みそうになって、慌てて踏ん張る。

 体が一歩前に出た、自然と腰を落として両手に持っていた槍を前に突き出すようにして立ち止まる。


「コケッ!」


 視線が間近で交差する。


「コーコッコッコッ! コゲェッ!!」


 やばい、刺激した!

 転ぶまいと咄嗟にとった動きにニワトリが反応して片足を俺に叩きつけようともちあげ、振り下ろす。

 風切り音がして、耳元でカチカチと巨大な死神の鎌が体の左右を挟む様に蠢いている。


「ぐっぬぅぅ!」


 ニワトリの踏みつけ攻撃をダンジョン産出品で作った槍を盾にして咄嗟に受け止めたのは生存本能による行動。完全な無意識。


「ぐぬぬぬぬっ、なんか、耐えられそ——やっぱ無理っ!」


 低くなっていた腰を下半身の力で持ち上げるようにして槍に力を込めて、ニワトリの足を振り払い、小走りでさらに洞穴の奥へ。

 奥へ、と言ってもそこにあるのは……。


「シノミヤ、私たち死んじゃうの? ごめんね、私役立たずで」


 すぐ背後には半分壁に埋もれた光るバレーボール——じゃない、ダンジョンコア、俺の相棒。

 命を共にする運命共同体。そんな大切なものに、よりにもよってこんな俺を選んでくれやがった無力な存在。


「役立たずじゃない」小さく呟いた言葉は、励ましのためでも、慰めのためでもない。


「シノミヤ?」

「コアちゃん、全力フラーシュッ!」

「!? はいっ!!」


 よし、相変わらず元気ないい返事だ!

 そして、この小さすぎる洞穴にはあまりにも余剰すぎる白い閃光が視界を染める。


「コェッ!?」

「真正面から見たお前はキツイよなぁ!」


 勇気は、ない。けれど、意地は、ある。

 だから、両足に力を込めて、跳んだ。

 ニワトリの顔を目掛けて、槍を構えて、全身をバネのようにして飛び出した俺の体は——ニワトリの頭を飛び越えて、天井に頭と槍をを盛大に打ちつけて槍がポロリと半分に折れる。


「ちょ、えっ、なんで俺こんな高く跳んで……いってぇ!」


 頭をぶつけて半泣きで落ちた先は突然の発光に驚き身を竦めたニワトリの頭の上。思わず真っ赤な鶏冠にしがみつく。


「キェーッ!」


 落ちて来た俺の体重を支えるために強く引っ張られたのが痛かったのかニワトリが悲鳴を上げる。尻の下に固くて冷たい感触。まさに鉄の上に座っている感覚。こんなもので突かれたらマジでヤバい。


 決めるならもう、今この瞬間、一発勝負だと直感が告げる。


「うおおおおおおっ!!」

「コケェーッ!!」


 折れた槍——もはや、不恰好にささくれた硬い木の棒でしかないそれを、痛みと怒りにかっぴらいたニワトリの目に突き刺してやる!

 悶え、俺を振り下ろそうとしきりに首を振るニワトリ。ふざけるな、離してたまるか。


「コアちゃんは役立たずなんかじゃねーんだコノヤロー!」


 槍だったものはもう引き抜けそうにない、だから、少しでも奥へ、奥へ突き込む。指が、手が、前腕がぐじゅぐじゅした気持ち悪い感触に飲まれていく!


「コッ、コッ、コッ、コェッ——」


 最後の足掻きか、文字通り足まで振り回して暴れていたニワトリの動きが徐々に鈍くなり、止まる。


「コアちゃん! 吸収ー!」

「えーい!」


 ズブズブとダンジョンの床に飲み込まれていくニワトリ、俺の足がようやく地面につき、槍から腕を離してグロいそこから腕を引き抜く。


 床に飲み込まれていくニワトリを眺めて、本当に倒したのだと実感する。ばくばくと未だに激しく鳴り続ける心臓の音を宥めるように胸に手を当てる。


「やったよ、コアちゃん……」


 振り返ると、壁に埋まったコアちゃんのすぐ側に三本の鋭い爪痕が刻まれていた。ゾッと背筋が冷える。


「死ぬかと思った! すごいね! シノミヤ!」


 コアちゃんの声音はいつもと変わらない。どころか、少し浮かれていて嬉しそうだ。


「ごめん、コアちゃん」

「どうしたの? 勝てたじゃん!」

「そう……なんだけど」


 ニワトリの最後の足掻き、俺はコアちゃんのことを考える余裕なんてなくて、ただニワトリを倒せばそれでいいと思っていた。

 けれど、俺に勇気がなかったせいで一歩間違えればコアちゃんは死んでいた。

 その爪痕は、くっきりと残っている。


「コアちゃん、DPはどうなった?」

「あっ! 増えてる!」


 ならば、もう二度とコアちゃんをこんな危険な目に遭わせないために、ダンジョンマスターとしてしっかりやろう。

 過ぎたことはどうにもできない、勝てたのは殆ど運。

 ここからはあらゆる運要素を排除した、絶対勝てるダンジョンを作らなければ!

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