第4話 廃国での戦い 3

「っ、はぁ………、助かった。ありがとう、ツキノヨ」


「うん」



名を呼ばれた彼女は刀身を鞘に納めて振り返る。



「アイラは、とても疲れちゃったみたいだね」


「ああ。今の相手がどうにも手に余ってな」


「なにか話してたみたいだけど、もしかしてお友達?」


「どう考えても違うだろ。 野良吸血鬼がちょっかい出して来たんだよ」


「吸血鬼…? さっきのがそうなんだ。初めて見た」


「私も」



ツキノヨは猫化の生物のように大きくパッチリした瞳を空へ投げた。 先ほど吸血鬼が飛んでいった方向だ。

あわよくばもう一度見れるかな、と言いたげな視線。 勘弁してくれと思いつつ、念のためにアインスも空や建物の屋根を確認するべく首を上げて。

彼女達は目撃した。

広大な空間。果てしなく広がる空を。話し合う事もなく二人はただ一点を見つめる。



「オイ!なに呆けてやがる!」



突然の罵倒。 

彼女達の背後で、一頭の魔物が縦真っ二つに切り裂かれた。



「アインスはともかく、ツキノヨは不意打ちに弱いだろうが。 呑気してんじゃねえ」



グアッ!と巨大な斧を肩に担ぐ大男。

自覚しているのかどうか分からないが、いちおう死の淵に立っていた彼女達は、足下にいる魔物を気にも止めずに口を開く。



「わたしだって不意打ちは効かない」


「その話は後だ、ツキノヨ。それよりあれは……」



アインスは空の一点を指で差した。

斧使いの大男ーーーーケディックは鼻を鳴らす。



「ああ。"この場所から撤退する"って事だろ」



上空に浮いた大きな氷の球体。

それは仲間の最後の一人である魔法使いによるものだった。



「やるのは初めてだね。大きな丸い氷が作戦開始の合図っていうやつ………。どうしよっか」



ツキノヨはアインスに答えを求める。



「あの位置は最初にイネルイオスと接触した場所付近だ。恐らくファウストはイネルイオスと戦いを続け、逃げた方が良いと判断したんだろう。ちなみに私も同感」



姿が全く見えない状況ではあるが、アインスの頭には吸血鬼の存在が強くあった。

自ら提案した条件なだけあって納得したかのように思えたが、このまま襲って来ないという確証はない。



「少しばかり惜しい気するが、イネルイオスには何の執着もねえ。 このまま帰るのは構わねぇけどクエストはどうするよ」


「放っておく。そろそろイネルイオスの討伐クエストに設けられた期間の二年を過ぎるし」


「逃げたあとは? 待ち合わせする街とか決める?」


「……………あと、か」



アインスは適当に空を見上げた。



「合流は、しない。それぞれ好きな事するっていうのはどうかな」


「……ま、良い機会だな。 いつまでもテメェらといたら自由な時間ねえし」


「………………それって、パーティーは解散ってこと?」



直後、ツキノヨの目の前には二人の手が突き出された。



「少しだけ離れようってだけでそうは言ってない」


「俺も解散だとは思わなかったぜ」


「そっか……………うん、それなら良いよ。わたしも好きな事してくる」


「決まったな」


「いや、ちょっと待て。あの野郎には誰が伝えんだ?」


「あー………、私がファウストの近くから逃げるようにして会ったら言っとく」



こうしている間にも空に浮いた氷の球体は大きくなっていく。

作戦の時が近付いていた。



「ケディック。作戦の要は私達だ。国の半分くらいを壊すつもりでやる」


「やる気になんのは勝手だが、今のテメェに出来んのか?」


「頑張る」


「そうかよ」



そう言うとケディックは斧を担ぎ直し、簡素な別れの一言を残して行ってしまった。

それが薄情だと捉えてしまうような柔な関係ではない。 むしろ時間制限がある今、早くに行動しなければいけないのだ。



「わたしは、この作戦に関わってないから適当に逃げちゃうね」



続いて、剣を構えた彼女も歩きだす。



「あっ…、ツキノヨ!」



アインスは呼び止める。



「どうしたの?」


「その、ケディックにはああ言ったけど、ツキノヨは一人で平気? 良かったら私と一緒に来るか?」


「…………アイラ、何歳?」


「十九」


「わたしは?」


「…………二〇…?」


「うん」



ツキノヨは止めた足を動かした。



「次に会った時はどんな事があったのか言い合いっこしようね」


「…………、」



遠ざかっていく背中に、力が抜けた状態で手を振るアインス。

そうこうしている間に魔物に見つかってしまい、一人になった瞬間、戦闘が始まった。

タイミングが悪いと嘆きながら落ち着いて攻撃を躱わす。 一撃で仕留めるための魔力ですら温存したい。

一頭から二頭、三頭目が参戦して来ようとしても、アインスは立地を器用に使って守りに徹した。


その時。



バリィイイイイイイン!!!! という轟音が鳴り響き、空に浮いた氷の球体が爆散した。



(来た…!)



粒状なまでに粉々となった氷の結晶が広い範囲で降り注ぐ。

当然、それはアインスがいる所にも舞い散り、視界を覆うカーテンとなった。

戦っていた魔物達の姿がぼんやり映るようになると、アインスは足裏を力強く地面に叩き付けた。 足裏から流れた魔力が地面を波紋状に広がる。

同じように、離れた場所でケディックが斧の側面を叩き付けて、地面に流した二人の魔力が交錯すると。


実に国の六割程度の地形が大崩落を起こした。


既に半壊していた建物は音を立てて崩れ落ち、ヒビ割れていた地表はめくり上がり、アインスとケディックの流した魔力が混じり合った付近は陥没状態。

怒りか悲鳴なのか定かではないが、魔物達の咆哮がそこら中から響き渡る。


その声は、走り去っていくアインスの耳から遠ざかっていった。


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