第3話 廃国での戦い 2
「吸血鬼だよ。見るのは初めてかい? お嬢さん」
「ッ………!! そうだな、初めてだ。それよりお嬢さんと呼ばれるのはムズムズするからアインスカーラと呼んでくれ」
「ふふ。承知した」
自己紹介したのが意外だったのか、吸血鬼は呆気にとられた顔を見せたあと静かに笑った。
冗談じゃないとアインスは思う。
彼女は、冒険者になれる年齢の九歳から活動を始めていた。 ひたすらにクエストをおこない、一三歳からはギルドを離れて旅に出た。
非道な人間とは何度も激突した。格上の魔物と戦ったのも数知れず。
だから分かる。この男は化け物だと。
(吸血鬼は一人。 噂通りなら身体能力や魔力は人間とは比較にならない。 再生する速度もすごく速い)
たしか弱点もあるんだったか?と記憶を探る。
当てにはしない。参考程度に吸血鬼の情報を引っ張り出していると、
「…………なにやら臭うな」
すんすんと吸血鬼は鼻を鳴らしていた。
あっちこっちに顔を動かし、最後はアインスに収まる。
「ふむ。アインス嬢からのようだ」
「え」
なかなかの衝撃発言だが、その程度で張り詰めた警戒心は解かない。
ちゃんと警戒をしたまま、アインスは自身の体に鼻を寄せた。
(…………普通だな。それはそうだ、このまえ川で水浴びしたし)
そもそも失礼だと彼女は思う。初対面でそんな事ゴブリンにだって言ったことないのに、と。
「野草…?」
「あ」
吸血鬼の一言でピンと来た。
昔から使ってきたからすっかり鼻が慣れてしまっていた。
「薬草のことか。配合して私の体に塗り込んでいるんだよ」
ほら、と言いながら彼女は服の裾を少し捲った。 引き締まった腹部がみどり色に変わっている。
なるほど、と吸血鬼は言った。
「その程度の擦り傷すら治さず魔力の温存に繋げるか。 さすが人間。小賢しい」
「余計なお世話だ」
彼女は治さないのではなく治せない。
彼女だけではない。
剣使い、斧使い、そして魔法使いを含めたパーティー全員、回復魔法が使えないのだ。
彼女達が覚えようとしないのも理由の一つだが、吸血鬼が言うほど回復魔法は簡単に使える魔法ではないのも事実。
「……吸血鬼って、会話を続けれる堪え性はある?」
ピクリと男の肩が動いた。
続いて、口角が大きく歪む。
「全ては面白いことに尽きる!………今はところアインス嬢にはその価値があり、なくなれば殺そう」
どこでそんなに興味を引いたのか疑問だが、アインスは気にせず言う。
「質問。吸血鬼が何故こんな所にいる…?」
「古くからの友人が城を持ったと言うから遊びに来ていた」
「………イネルイオスか」
吸血鬼は音の無い拍手をした。
「客人が来たから教会で時間を潰そうと思っていたんだが、吹き飛んでいくアインス嬢から面白そうな気配を感じてね、出て来てしまったよ」
すらすらと事実だけを口にしているのであろう吸血鬼だが、アインスの眉間には皺が寄った。
しかし言い返す事は出来ず『それは何より』とだけ言ってから、
「イネルイオスと友達だって言うなら、ヤツの目的とかは知っているか? 住処をここにした理由またはこれからする行動とか」
「何も考えてないだろうさ」
即答だった。
簡潔すぎる一言はアインスでは理解出来ない。
沈黙したまま軽く首を傾げると、吸血鬼の体がブレた。
瞬間的な速さで動いたせいか残像が発生した。僅かに遅れてアインスの眼球が吸血鬼を追う。
吸血鬼が向かった先は彼女のところではない。 こちらを傍観していた魔物のところだ。
恐らくは吸血鬼が放つ圧力で逃げる事もできなかったのだろう。
アインスの瞳が捉えたのは、呆然としていた魔物に近づく手。
「ッ…!?」
その手は、魔鳥の時と同じように頭部をもぎり取った。
「コレと同じだよ。何も考えていない」
さっき見た光景。
違いがあったのは、頭部を放り捨てずに握り潰した事だ。
「私と彼が長きに渡り友でいられるのは、退屈が嫌いという共通の思いを抱いているからだ。 退屈をしのげるのなら意味など不必要」
「……それなら廃国ではなく栄えた国を堕とした方が良かったんじゃないのか? 必死で反撃してくるだろうよ」
「誤解しないでもらいたい。私も彼も暇つぶしに他人ばかりを貶めているわけではなく、退屈を解消するためならば我が身でさえ遊び道具に使っている」
「ふーん、たとえば?」
「最近だと……、彼を吸血鬼にしたな」
「…………………………………?」
初めてだ。
吸血鬼と対面してから初めて、アインスは警戒を怠った。
この状況での油断は死が直結している。それは彼女自身よく分かっている。
だがあまりにも現実味のない内容に、脳の大部分を占められてしまったのだ。
(他種族の魔物を吸血鬼に? ………そんなふざけた話があるのか)
半信半疑な彼女へ追い討ちをかけるかのように、吸血鬼は続けた。
「ふと思いついたんだ。 本来、血は吸うものだが逆に与える。私の魔力を込めた血液を、体中に溢れるくらい…!」
「………大胆な事をしたな。 運が悪ければ遊び感覚で友人殺しだ」
「一応二〇〇程の魔物を練習に使用した。 即死か狂乱……。いずれにせよ失敗に終わった」
「でもやったんだな」
「ああ。話し合った結果とりあえずやってみようかとなってね、何故だか知らないが成功した。 元々魔法が優れていた彼は膨大な魔力と吸血鬼の力を得て、それはそれは面白い生物に進化したんだ」
とはいえ、と吸血鬼は続ける。
「そのせいで私は他の吸血鬼から命を狙われているんだがね」
「へぇ、何で?」
「どうやら繁殖以外で吸血鬼を作り出した事が禁忌らしい。 吸血鬼の名を穢した不届き者として襲われている」
「それは災難だな」
「災難?いいや、好機だよ」
「退屈しないからって?」
「その通り」
同胞との殺し合いを催し物の一種と捉えているのか、吸血鬼は薄気味悪い笑みをつくる。
「ふふっ」
「?……何か、面白いところがあっただろうか」
戦場に相応しくない声色を出した彼女に、吸血鬼は言う。
「いいや、そんなに退屈が嫌いなのかと思ってな。私は暇を持て余すのは結構好きだから」
そうかそうかと良いながら、彼女はもう一度小さく笑う。
「………アインス嬢。キミは先ほど、私に対して話を続ける堪え性があるのか聞いたな?」
「ん? ああ、聞いた」
「あれは本来、逆だ」
「?」
「我々、魔物と呼ばれる者達と対峙した人間が、口を開く間もなく攻撃を仕掛けてくる。 初対面だというのに親の仇みたくな」
「………まぁ、普通はそうか」
「もちろんそれはそれで一興なのだが、私としては静かに会話が出来たキミを好ましく思う」
「ん、ありがとう」
「だから欲を言うとだな………」
『もっと私を楽しませてくれ』
そんな声がアインスの耳に入って来た。
音源は後ろからだった。
彼女はすぐに振り返る。視界を埋め尽くしたのは、およそ三〇〇を越える年月を生き抜いた吸血鬼の拳。
それは容赦なくアインスに突き刺さり。
ゴシャ、ゴッ、と彼女の体が地面に打ち付けられながら吹き飛ばされていく。
「ははハ。この程度では死んでくれるなよ? アインス嬢」
吸血鬼の赤く光る眼には段々と獰猛さが宿り始めた。狂暴なまでに厚みが増した牙。常人では早々に死を選びたくなる程の殺気が蔓延する。
その時だった。
「ごぶっ。…………?」
吸血鬼の口からはおびただしい量の血が出てきた。
「ふむ、思い返してみれば何か当たっていたか」
とめどなく出血していたのは腹のど真ん中にある空洞から。強引な力で突き破った跡が残っていた。
吸血鬼は顔色ひとつ変えない。口角を歪に上げながら首を動かす。
そこには魔物が一箇所に集まっていた。アインスに止めを刺すつもりで集まったのだろうか。
しかしその魔物達は鈍い音が響くと宙を舞った。前のめりに崩れ落ちるやつもいた。
「もう、傷口が塞がってるのか………。話で聞くより怪物だな、吸血鬼。 まるで効いてない」
その場に一人立っていた彼女は半笑い気味に呟く。
何とか相打ちで腹を貫いたものの、一発殴られただけで足から力が抜けそうになっている。
直後、視界に入れていた吸血鬼は砲弾の如く突っ込んで来た。
すぐさまアインスは、地に伏した魔物を飛び越えて両手を前に出す。
「止まれ! お前がもっと楽しめる事を教えてやるから!」
叫ぶと、目の前で大量の土煙が巻き起こった。
傍迷惑な急停止にアインスは目を細めていると、吸血鬼が粉塵の中から優雅に歩いて来た。
「聞こう」
「………正直、このまま戦っても限界が見えてる。お前を楽しませる前に死ぬのがオチだ」
「前置きは不要」
「見逃してよ。次会った時は多分今より強くなってるだろうから、そしたら存分に戦おう」
「悪くない。……ではこうしようか」
吸血鬼は指を一本立てて言った。
「私にもう一撃くらわせてみろ。そうすれば私は再び傍観の立場に戻る」
礼を兼ねてアインスは片手を上げた。
しかし形はおかしく、人差し指と中指だけが立っている。
「二撃になりそうだ」
吸血鬼の後方から、輝きが迫っていた。
まるで地面を流れる星のように金色の髪を靡かせながら、両手にはしっかりと剣を握っている。
"彼女"は瞬く間に吸血鬼を間合いの内側へ入れた。
ほぼ同時に吸血鬼は反応したが、それよりも早く左足を切り落とした。
「………つまらないな。だが条件は満たしたか」
「ああ。不服だろうから謝るけど、これ以上の話はまたいつか、どこかでしよう」
圧倒的なまでの速度で回復する吸血鬼だが、アインスは既に手のひらを突き出していた。
魔力を高めた右手。少し遅れて、ゴアッ!!という一閃の音と共に突風が吹き抜ける。
圧縮された空気の塊が吸血鬼の体にぶつかると、今にも崩れそうな建物をいくつも飛び越え、彼女達の視界から消えていった。
「っ、はぁ………、助かった。ありがとう、ツキノヨ」
「うん」
名を呼ばれた彼女は刀身を鞘に納めて振り返った。
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